【ローカリゼーションマップ】新型コロナでミラノのスーパーにも異変? 全体像把握の難しさが招くパニック

 
買いだめパニックが起こったスーパーのパスタの棚
普段とあまり変わらないスーパーのパスタの棚

 ものごとの全体像をつかむのは、そう容易なことではない。だから、ものごとの全体像を伝えるのも、そう容易なことではない。

 2月21日の金曜日、イタリアで新型コロナウイルスの感染者がロンバルディア州ミラノからおよそ60キロの町で見つかったとのニュースが流れた。即時、その町は封鎖された。その翌々日、政府と自治体の決定に従い、いくつかの州で学校や美術館、あるいはバーやパブの類の店が1週間の活動停止となった。

 この行政の決定とほぼ時を同じくして、ミラノのいくつかのスーパーで買い占めの現象がみられるようになった。多分、近隣の町の封鎖のニュースを知り、その影響がミラノにも及ぶことを危惧した人たちの動きが23日の日曜日になって目立ってきたということだろう。

 マスメディアやソーシャルメディアで商品が何もない棚の画像がたくさん出回った。私もその風景を実際の現場で見た。食品であればパスタ、コメ、小麦粉と塩、あるいは肉が消えている。一方、保存がきかない魚はおよそ普段の通りにある。

 しかしながら、あることに気づいた。

 その棚がガラガラとなったスーパーと200~300メートルしか離れていない別のスーパーには十分の品が陳列している。ちょっと隙間のある棚もあるが、そう極端な買いだめ現象は見られない。

 もう少し確認したいと思った。そこで数百メートル歩いて他の系列の2店舗のスーパーを見ると、同じようにやや少ないが最初の店舗のようなショッキングな棚ではない。

 いったい何が起こっているのだろうか?

 ソーシャルメディアで出回っている写真をよく見ると、ぼくが実際に足を運んだ店もあるが、その系列の店舗の別の地区にある店舗である写真が多い。

 つまり、ある地区の人たちが買い占めに走っているよりも、あるタイプの店で買い物をする客が焦って買っているようにみえる。人の心理として、他人の買いだめを目にすると「自分も買っておかなくては!」と思うものだが、そうした連鎖を引き起こす発火点となる人の率が多いのだろうか。

 例えば、欧州では公の場でマスクをつける習慣はないが(以前、イタリアでは犯罪防止策としてパブリックの場でのマスクの着用は法律で禁止されていると聞いたことがあるが、真偽のほどは確認していない)、この2~3日で僅かではあるが急にマスク姿の人が目立つとの変化がある。

 しかし、前述した買いだめ現象が目立つスーパーで、そうしたマスク姿が他のスーパーより多いとの印象もなかった。

 分かることが一つあるとすれば、買いだめする客が多いスーパーは、普段、それなりに手間をかけて食事の用意をする人たちが多そうだ。そして有機食品などにもある程度関心がある。といっていわゆる高級スーパーでもない。

 一方、品薄にならないスーパーは、どちらかといえば、冷凍食品、あるいはビールとハムで簡単に済ませてしまうと思われる客が多い。

 もちろん人は必要に応じて両方の店舗に行くが、他人の買い物かごはレジで見えてしまうので、あるレベルのタイプ分けは可視化されていると思う。 

 どちらのタイプの客もソーシャルメディアはやっている。だが、情報の重みのつけ方や解釈の仕方に違いがあるのかとも考えた。料理に時間をかけるような人たちの方が情報に敏感なのか。

 24日の月曜日も事情は同じだったが、25日の火曜日、それまで品薄だったスーパーに行ったら、既に通常ベースの棚に戻っていた。この系列のミラノ市内の他の店舗を実際に見ていないので不明だが、仮に同じようにノーマルな状況に回復したとすると、2日間、ある系列の店に来る客たちは、他人の買いだめを見ての連鎖で買い増しをするとのパニックが起きたと思われる。

 買いだめ傾向にあるスーパーにしか行かない人は「ミラノ全体で買いだめに走っている」と思い込み、それに拍車をかける行動をとる。その様子をソーシャルメディアにもあげる(ぼくは24日、まったく商品がなくなった肉売り場を、3人が同時にスマホで写真をとっていたのを見た。まるで観光地だ!)。

 言ってみればテキトーな食事ですます習慣の人は、そのような現実を目にすることがない。棚に食品が充分に揃っているスーパーでいつも通りに買い物をするだけだ。

 このことをテーマに時間とエネルギーをかけて調べれば、何か他のことが分かるかもしれない。ただ、日常生活を過ごしながらできることは限られている。その限られた条件、マスメディアやソーシャルメディアのニュースと自分の狭いリアル空間のなかで、ぼくたちは全体像をできるだけ正確に知りたいと願う。

 クリティカルに状況をみつめる「癖」でしか達成できないことなのだろう。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。