【ブランドウォッチング】高級チョコ「ゴディバ」の定石破り コンビニでも売るプレミアムは成立するか
今年も2月14日のバレンタインデーが近づき百貨店などのチョコレート特設売場はにぎわいを見せています。最近では職場での義理チョコやめよう機運が高まるなどバレンタインデーの在り方も少々変化しつつありますが、2月がチョコレート消費の圧倒的ピークであることに変わりはありません。
実はヨーロッパ諸国に比べて日本のチョコレート消費量は極めて少なく、なんと一番消費量の多いドイツは日本(年間1人当たり2.2kg)の約5倍(同11.1kg)です。
ショコラティエが小さな街にも存在するヨーロッパと日本では食文化も違いますし、気候も違うゆえの差ではあります。しかしそんな日本でもチョコレートの消費量が年々ジワジワと増えていることもまた事実です。
日本独自のチョコ贈るバレンタインデー
このバレンタインデーにチョコレートを贈るという習慣は、「Saint Valentine's Day (聖バレンタインの日)」という欧米の祝日を、日本のチョコレートメーカーが、愛のメッセージを込めてチョコレートを贈りましょうというキャンペーンにアレンジし日本独自に定着させたと言われています。本来必ずしもチョコレートを贈る日ではなかったわけですから、日本のチョコレート業界の力もたいしたものです。また消費活動全般が低迷する2月対策を必要とする百貨店など小売側のニーズにマッチしたことも成功の要因に違いありません。
生粋のヨーロッパブランド感じさせるロゴデザイン
ベルギー王室御用達の生粋のヨーロッパブランドでありながら、そんな日本市場でもトップブランドとなったゴディバ。何と言っても、ロゴデザインが素晴らしいですよね。
11世紀、重税に抗議するために一糸まとわぬ姿で馬に乗るレディーゴディバ、つまりブランドの由来をそのままアイコン化したビジュアル。ブランドの魂でもある由来・来歴を図案化した手法も素晴らしいのですが、何よりストーリー自体がエキゾチックです。やはり高級ブランドは非日常性があってこそ華ですからちょっと聞いたことがないような逸話や神話由来ぐらいでちょうど良いと思います。
それにしても日本人がこのロゴをデザインするのは難しいようには思います。私がクライアントからこういうロゴをプロデュースして欲しいとお願いされても、ちょっと日本国内では協業するデザイナーが思い浮かびません。
デザインはすぐれてその国の文化的な文脈や背景を反映するものですから、やはりこのゴディバのブランドロゴこそが生粋のヨーロッパを感じさせるものなのです。逆に欧州のデザイナーに「虎屋」のロゴをデザインしてくれと言ってもしっくりくるものを仕上げるのは難しいはずです。
ゴディバは1972年、日本で初めて出店しヨーロッパの本格チョコレートを紹介する先駆けだったとのこと。一粒数百円という価格帯は長年ずば抜けて高い商品の代名詞でした。何せ一粒のゴディバチョコレートで板チョコ数枚買えたわけですから。
でも小さいものに端正を込めたものが大好きな日本人のことです、宝石のように一粒一粒選んで贈り物にするスタイルも受け入れられて大いに繁盛しました(和菓子の文化にも重なる部分があったかもしれません)。
激変する環境、異例の進出
しかしその日本もバブルがはじけ、リーマン・ショック後の景気後退などを経てすっかり世の中の消費マインドも高級品一辺倒から様変わりしてしまいました。
一方で、かつてはただ珍しいばかりだったハイエンドチョコレート領域で、今や国内外おびただしい数のショコラティエブランドが買えるようになっています。
また、経営母体も世界的な食品コングロマリット米キャンベル資本の時代を経てトルコ資本、直近の報道ではさらにアジア系資本に移ったとのこと。ゴディバを取り巻く環境は激変しているのです。
ところが、百貨店やショッピングモールのゴディバショップを見る限り、生活者の支持を今のところ失っていないように見受けられます。かつての店頭に比べての変化としては、先述のブランドロゴは際立って大きく飾られ存在感を強くアピールしています。外国人観光客を意識してのことかもしれません。商品面では、アソートメント(詰め合わせ商品)に力を入れている印象。チョコレート以外のクッキーなど他商品も充実しています。有無を言わさぬ高級そうなパッケージやショッパーが見事です。
目覚ましいのがコンビ二への進出です。少し前からゴディバブランドのプレミアムアイス等は投入されていましたが、最近ではローソンなどでコンビニオリジナルスイーツなどとのコラボ商品も目立ちます。そういえばコメダ珈琲では、ゴディバ監修のチョコレートソフトクリームを提供中でした。
そして驚くべきなのは、コンビニ進出が従来の高級ブランドの定石とまったく異なる判断であることなのです。例えば最近で言えばルイヴィトンの親会社LVMHはアマゾンへの出店をしないことをあえて表明しました。高級品であればあるほど流通チャネルを絞り希少性を高めブランドの陳腐化を防ごうと考えるのがむしろ普通です。あるいは、いわゆるディフュージョン(派生)ブランドを外に切り出して、価格帯やブランドポジションの住み分けを図ったりもします。
実際に、かつてセリーヌ、クレージュなど欧州のクチュールブランドが日本市場でライセンス商品を出し過ぎて、トイレのスリッパまでブランドロゴが乱発されブランド価値が著しく下がり方向転換に苦心した失敗例もあるのです。
贅沢という非日常と、コンビニの日常性が両立するか?
そう考えると、現在ゴディバがとっているワンブランド下で、プレミアムセグメントの専売店ビジネスと同時にマスセグメント、コンビ二等での商品タイアップなどを並行させる手法が本当に成立するものなのかは予断を許しません。
もし成功すればかなり珍しい、高級ブランドが普及価格帯・ターゲットまで市場を広げた好事例になろうかと思いますが、難易度の高いアプローチであることは間違いありません。
一方で、時間軸の中でブランド自体が陳腐化していくとすれば、間違いなくハイエンドの顧客から離れて行ってしまうはずです。そんなことになってしまえば、出がらしのお茶のようになるまで消費され切った段階で、またブランドが違う資本に移るのでしょうか。
いずれにしてもブランド価値を定義するのは顧客への提供価値、逆に言えば生活者が受け取る価値観です。日本人にとってゴディバは今や多くの人にとって、少なくない思い出が込められたブランドとまでなりました。個人的には贅沢という非日常性とコンビニでも買える身近さが両立する見事な離れ技を心から期待したいと思っています。
【プロフィール】秋月涼佑(あきづき・りょうすけ)
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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