働き方ラボ

「私の履歴書」の武勇伝を真似るな 失言・不謹慎はどこまで許されるか

常見陽平
常見陽平

 不謹慎・豪快話の連発

 長年にわたり日本経済新聞の名物コラム「私の履歴書」を「面白がって」読んでいる。「愛読している」でも、「面白く読んでいる」でもない。「楽しみにしている」と書けばよいのだろうが、「面白がって」読んでいるというのが正しい。

 なんせ、いかにも「人生あがり!」という感じの経営者が、「俺の成功体験」を語るコラムである。自分とは世界が違う。しかも、何を言っても美化されてしまう。とはいえ、登場する方がどのような人生を歩んできたのかには興味があるし、ヒントをもらうことはできるので、毎日読んでいる。

 2020年の1人目は日本証券業協会会長であり大和証券の社長、会長を務めた鈴木茂晴氏だ。毎年、1人目は「読んで元気が出る人」が起用されることが多い。2013年は作家の渡辺淳一氏で、女性遍歴の不謹慎な話だらけで唖然とした一方、「日経の文化欄に渡辺淳一が載る年は景気が良い」という法則があると聞き、しょうがないかと思った。2015年は球界のレジェンド王貞治氏だった。

 これらの方に比べると、鈴木氏は一般的な知名度は低い。ただ、日々、不謹慎な話、豪快な話の連発で「大和証券も、日経も大丈夫だろうか?」と心配になるレベルである。

 具体的に列挙してみよう。インサイダー取引に風説の流布、顧客を罵倒してプライドを傷つけて買わせる、顧客に嘘をつく、暴力団への営業、バイク通勤にその不法投棄など、「今なら不祥事」事案のオンパレードだ。もちろん、すべて「当時はそれが当たり前だった」という言い訳が記されているし、彼だけが悪いわけはないのだが。

 ・何でもありの時代で、お客さんとの会話で「これは極秘の情報です」とか「絶対に確実です」など当たり前だった。インサイダー規制も風説の流布もない。今ならみんな法令違反で一発アウトだ。(第9回 2020年1月10日付)

 ・菓子店の社長いわく「この銘柄の魅力はわかるが、今はカネがないからなあ」。これを聞いた越田さん「社長、ないのはカネではなく度胸でしょう」「君、失礼なことを言うな!」と顔を真っ赤にした社長だったが、結局買い注文を入れてくれた。「伝説の営業マンはこんなセールスをするんだ」とぼうぜんとした覚えがある。(第10回 2020年1月11日付)

 ・黙って聞いていた先輩社員が受話器に向かって放ったひと言を、今も覚えている。「お客様、いったん入った買い注文を取り消すと、大和全店のコンピューターを逆回ししなくてはなりません。大変なことになります」。もちろんウソだ。必死の言い訳が功を奏し、何とか注文キャンセルはなくなったが、「全店逆回し」は、しばらく支店内で流行語になった。(第11回 2020年1月12日付)

 ・その顧客の自宅に出向く。すぐに覚った。「これはヤバいぞ」。出てきた初老の男性のもとには先客がいた。丸刈りで正座し、「戻って参りました」などとやっている。刑務所帰りだとすぐわかった。金融債2000万円の保有者は、地元のヤクザだったのだ。今ならあり得ない。(第11回 2020年1月12日付)

 ・禁止されていたのだが、バイクを通勤に使うとラクだった。中古だからよく故障し、ついに壊れたバイクを海岸に捨てた。今なら不法投棄にあたるだろう。ナンバープレートを外して捨てたからばれないだろうと思っていたのに、ほどなくバイクを買った店から電話がかかってきた。ナンバーは外したが、店のシールが付いたままだった。万事おおらかな時代だった。(第11回 2020年1月13日付)

 この手の話を聞いて、あなたはどう思うだろうか? 「昔はよかった」「いまは、ポリコレ圧が強すぎ」「不謹慎狩りはいかがなものか」などと思うかもしれない。まあ、成功者による「昔は俺も悪かった」話にも聞こえるし、痛快なバカ話に胸をおどらせる人もいることだろう。

 しかし、ふと冷静になってみよう。あなた自身がこのような言動をしたら許されるだろうか? いや、あなたの上司だってNGである。会社が大炎上し、社会的に叩かれる可能性もある。

 この手の「昔は俺も悪かった」「昔はこんなものだった」という「バカ話」は、痛快に聞こえるが、何の参考にもならないし、マネしてはいけないものである。いや、痛快にすら聞こえず、「ダメだこりゃ」という言葉しか出てこないものである。というわけで、この手の不謹慎、失言武勇伝は、反面教師以外、何にもならないのだ。決して真似してはいけない。

 職場の「麻生太郎」をどうするか

 失言を繰り返す人がいる。たとえば、麻生太郎副総理大臣・財務相などがそうだ。2020年に入ってからも、失言が数回、メディアで報道されている。2020年1月12日付の毎日新聞は「政治家のジェンダー差別発言ランキング」で2連覇したことを報じている。

 麻生太郎の失言に対しては支持者もアンチも「またか…」と言いたくなるだろう。支持者と思われる方のSNS投稿では「さすが、麻生」という声や、失言だとされる発言について「むしろ本質をついている」というような声も散見される。「麻生節」という言い方もされる。

 ただ、現状の社会通念と照らし合わせて明らかに不適切な発言も散見される。「麻生太郎だからしょうがない」ですませてはいけない。もっとも、読者の皆さんが困るのは、職場の「麻生太郎」ではないだろうか。つまり、明らかにコンプライアンスについて無頓着な中高年の経営者、管理職たちである。「制御不能」な人たちがいる。しかも、こういう人たちがコンプライアンスを統括する立場にいるからたちが悪い。このように職場の「麻生太郎」が上にいては、コンプライアンスなど浸透しない。これは、職場の雰囲気を悪くするし、取引先からの信頼低下にもつながる。

 コンプライアンスはデータ・ファクトで勝負

 自分自身が失言や不謹慎な言動をしないように、また上司・同僚・部下にそのようなことがないようにするには、どうすればいいか。ポイントは「情報収集・共有」につきる。勉強が必要だとも言える。

 失言の原因は、要するに相手に対しての配慮がないからである。社内外の周りにいる人のことをよく知る。相手がどう思うかを考える。特に、相手にとって不愉快に思うことは何かということを常に意識するべきだ。

 ここで、確認しておくべきことは、「昔はこれくらい普通だった」という話はいったんおいておいて、「今どき、何が不愉快とされるのか」ということを意識しておくということだ。プライベートに過度に介入した質問はNGだ。本人の努力でどうにもならないことについて触れたり、否定するのもNGである。相手についても、社会常識についても学び続けなくてはならない。

 一方、困るのは、上司・同僚・部下に何が失言、不謹慎な言動にあたるのかを浸透させることだろう。同僚、部下にはその都度指摘しやすいが、上司には難しい。コツとしては、企業での不祥事報道があるたびに、周りにさりげなくインプットすることである。「そんなこと、うるさく言うのはどうなのか」という反応があるかもしれないが、少なくとも今、社会では何が不謹慎とされているのかをインプットするべきだ。「不謹慎狩り」と言う人がいるかもしれないが、みんなが気持ちよく働くためのポイントである。何が不謹慎とされるのかを理解しておこう。

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部専任講師
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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