【ブランドウォッチング】日本酒のカワウソ「獺祭」の奇跡 廃業寸前から世界的ブランドへ
この年末年始、普段以上に日本酒を嗜(たしな)む機会が多いのではないでしょうか。日本酒ならではの穏やかで豊かな味わいが新年を迎えるハレの気分をまろやかに盛り上げてくれます。おせち料理などの和食とももちろん抜群の相性ですし、改めて日本酒の良さを見なおさずにはいられないかもしれません。
そんな日本人のお正月に身近な日本酒ですが、1年を通せば年々飲まれなくなっているのもまた事実です。販売量は1975年167万5000リットルをピークに、2017年には52万6000リットルまで一貫して減り続けて下げ止まる傾向は見えません。当然製造元も減り続け1970年に3533が2017年には1594まで減ってしまっており、経営的にもその半数近くが課題を抱えていると言われています(国税庁 平成31年3月「酒のしおり」より)。
これは年々洋風化する食生活を筆頭とするライフスタイルの変化や、根強い低糖質志向から蒸留酒に脚光が当たるなど生活者の長期スパンでのし好の変化が影響しているに違いありません。
でもお酒が好きな人ならば、日本酒が味わいのバリエーションや奥深さにおいてどんな世界の名だたるお酒にも引けを取らないことを知っています。しかも冷、常温、燗と温度で表情を変えながらもそれぞれ楽しめるユニークさや、食中酒としての特性も日本酒の良さとして見直されている部分も多くあるのです。
日本酒界のスーパースター
そんな日本酒の世界で、近年燦然と輝くスターと言えば間違いなく「獺祭(だっさい)」に違いありません。
1948年山口県岩国市創業の「旭酒造」。一時は経営難から廃業も検討したそうですが34歳で家業を継いだ三代目の桜井博志氏が、「酔うため 売るための酒ではなく 味わう酒を求めて」とのポリシーの下で、それまで醸造していた普通酒「旭富士」の醸造を止め純米大吟醸酒「獺祭」に特化したところから、ジワジワと口コミで評判が広がり今に至ります。
20年ぐらい前になるでしょうか?私個人の「獺祭」との出会いも最初非常に地味なものでした。絵で書いたような頑固オヤジが一人で切り盛りする小さな居酒屋のオススメにひっそりとそれはありました。半紙にオヤジの結構な筆遣いで「獺祭」とあります。私の教養の程度から、もちろん読めません。オヤジに聞けば「だっさい」だとのこと。当てずっぽうでも読めない字の意外な音感にも驚きましたが、なんでも「獺」は「カワウソ」のことなんだと。そう聞くと、なんとカワウソがお酒を飲んで祭りをしている姿が目に浮かぶではないですか(旭酒造ホームページによると本来もう少し格調高いニュアンスのようです。「獺祭の言葉の意味は、獺が捕らえた魚を岸に並べてまるで祭りをするようにみえるところから、詩や文をつくる時多くの参考資料等を広げちらす事をさします。」)。飲んでみるとそんな名前のインパクトと裏腹に、フルーティーで飲みやすく、明らかに上質なお酒であることがまざまざと伝わってきたことを今でも思い出します。
読めない商品名のインパクト
多くの方にとって「獺祭」との最初の出会いには、そんなちょっとした驚きがあったのではないでしょうか。間違いなく「獺祭」の成功には、このユニークなネーミングが寄与しているはずです。日本酒だけとっても銘柄の数は数限りありません。昨日「うまいうまい」と盛り上がった上等なお酒も、そこはお酒好きの悲しさでしょうか、落語のネタのように翌日にはおぼえてなどいやしません。でも「獺祭」は字面もインパクトがありますが、季語にも使われる豊かなイメージもあってなぜか記憶に刺さります。しかも音は「だっさい」と酔っ払いにも覚えやすい簡潔さです。
そして何より良いのが、商品名にマーケティング的な作為を感じさせないこと。実際蔵元も当初そんな意図はまったくなかったに違いありません。何せほとんどの人が読めなかったのですからマーケティングもへったくれもありません。
でも、そんなアンチマーケティングな商品名こそが日本酒という本来的に手間暇がかかり商業的な感覚だけでは良いモノができないプロダクトの真実を、逆説的ですが何より雄弁に我々に伝えたという事実。商品開発やマーケティング、ブランディングに関わる人間に対する示唆が多いように感じるのは私だけでしょうか。
銘柄ひしめくお酒カテゴリー、一歩抜け出すトレンド化
振り返るとお酒という商品カテゴリーは、圧倒的に多数のブランドがひしめく世界です。そもそもビール、ワイン、ウイスキー、焼酎などお酒の種類自体も多く、それぞれのお酒に無数のブランドが存在します。ある意味、群雄割拠で生活者のマインドセットが常にカオス状態にあるがゆえに、あるきっかけでそこを頭ひとつ抜け出すとムーブメントが加速しやすいと感じてきました。
“ボジョレーヌーボー””芋焼酎””ハイボール”など近年でもブームと呼ばれるほどのトレンドがひんぱんに起きていますし、個別銘柄でも「百年の孤独」「竹鶴」「オーパスワン」など脚光を浴び大ヒットやプレミアム化するブランドも折々存在するのです。
きっと日本酒の豊穣な世界で、「獺祭」と同じぐらい上質な銘柄は少なくはないはずです。期待を裏切らない品質が大前提ではありますが、そのユニークな商品名がトリガーとなりそこから商品認知の面で頭一つ抜け出したことが「獺祭」成功の重要なステップであったことは間違いないように思うのです。
目が離せぬ日本酒海外進出の旗手
成功の出発点においてはマーケティング的なアプローチではなかったかもしれませんが、その後の「獺祭」のマーケティングはブランドの成長を加速させました。例えば、昔からある「にごり酒」をその発泡感にフィーチャーして「獺祭スパークリング」としてラインアップしたことは、折からのシャンパンやスプマンテ、フランチャコルタなど発泡するお酒ムーブメントなどとも共鳴し、日本食に限らない高級店で提供されるなど、プレミアムブランドとしての地位を確立するのに大きく貢献しました。
また世界観を訴求する、直営店獺祭ストアを銀座、博多、岩国本社の日本国内だけでなく、パリ、高雄、上海などに展開するなど、マーケットを世界に求め意欲的です(本記事のために銀座ストアや百貨店の売り場を見て回りましたが、国籍を問わず大人気であることを肌で感じました)。
折からの世界的な日本食ブームとあわせて日本酒が世界で楽しまれるお酒になるチャンスがきています。「獺祭」は、料理大学として有名な米カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカと提携し、ニューヨークで獺祭と別ブランドの日本酒生産を準備していると聞きます。日本酒海外市場での躍進への旗手としても目が離せません。
そして何よりこのお正月、我々日本人自身が日本酒を再発見する良いチャンスに違いありません。この機会にJapanese Sakeを心置きなく楽しんでみるのも良いのではないでしょうか。
【プロフィール】秋月涼佑(あきづき・りょうすけ)
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら
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