職場に寄せられるクレームにより、「仕事にならない!」状態になることは多い。それこそ今年の8月に開幕した芸術祭「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」をめぐりクレームが殺到。同事務局や愛知県庁には電話がなりやまず、大いに業務に支障が出た。クレームの多くがもはや同じような類のもので、電話をする人間本人が怒りを表明するだけで、受け手には何のメリットもない。疲弊するだけだし、朝、職場に向かう時には「またあの怒りの電話を何十本も対応しなくてはならいのか…」と憂鬱な気持ちになったことだろう。
応じる必要がないものばかり
私だったら多分転職する。そして「一切の怒りの電話を受けなくて済む業務をしよう」が次の職場を選ぶ判断基準になるだろう。ここで各職場に提案したいのは、電話での問い合わせ窓口の廃止である。
すべてメールでの「問い合わせフォーム」にする。私自身が運営に携わるニュースサイトは一切電話対応は受け付けず、すべてが問い合わせフォーム経由だ。そこに寄せられるメールを毎日見ているが、ほとんど対応の必要がないものである。種類としては「営業」「プレスリリースの配信」「抗議」「陰謀論の発表」「タレ込み」「問い合わせ」「言葉遣いを直す指摘」「罵詈雑言」「身勝手などうでもいいくだらない提案」「記事の使用許可申請」といったものである。この中で重要なのは最後の「記事の使用許可申請」だけである。これはテレビ局からのもので、これは自分達にとって売り上げになるから有難い。「プレスリリースの配信」もこれはこれで有難い。「タレ込み」は時々実を結ぶことがあるものの、妄想じみたものも多い。
この中でもっとも多いのは「罵詈雑言」だ。これは卑猥な言葉を並び立てて編集部をボロクソに言うだけのもの。同一人物と思われるものも多く、いつか名誉棄損か脅迫罪で訴えてもいいと思っている。
「抗議」にしても、「この記事を読んで不快になった。謝罪と削除を要求する」といったもので、応じる必要がないものばかりである。「それはあなた個人の感覚でしかないでしょ?」というものには対応する必要がない。ただ、問い合わせフォームがない場合、この人物と電話で30分も40分も喋らなくてはいけなかったのである。
クレームの電話というものは、一瞬の「ガス抜き」としての効果があるわけで、一度対応をしてしまうと後は揚げ足を取られるのと妙な言質を取られてしまうだけで、相手にしか分も利もない。だからこそ「電話対応はしません」というポリシーを作ってしまうのがいいのだ。こちらに利がない場合の電話が来てしまった場合は「すべての対応は問い合わせフォームで対応しています」と言うだけにする。「電話では対応できないんです」以上は言わない。
重要なのは「あそこは対応しない組織だ」というイメージを醸成することである。アマゾンなんて、「世界でもっともカスタマーのことを考える会社」なんて謳っていても、どれだけ対応してくれるか? IDが乗っ取られて注文していない荷物が毎日届いても何カ月も対応してもらえない、という話も聞く。いくら問い合わせをしてもなしのつぶて。ツイッターやグーグルにしても、削除要請やら誹謗中傷への対応や不当な凍結の解除などをまともにしてくれないもの、というイメージがすっかり定着した。それでも便利だから人々は利用し続ける。
その時の諦めの気持ちとしては「外資だからしょうがないよね…」というものがある。どこかで日本企業はキチンと対応してくれる、という期待があるからこそ日系企業は「お客様のために」と余計な電話対応窓口を作ってしまう。
客よりも従業員
私の持論ではあるが、会社で最も大事なものは客よりも従業員だと思う。さすがにBtoBで何十億円もの売り上げがある法人顧客は別だが、せいぜい数百円~数千円しか使わないような客、ないしは客でもなんでもない個人を不快にさせることよりも、一人の従業員がそうした相手の対応のために神経をすり減らし、うつ病になったり退職に至る方がダメージは大きい。一人の個人客を失うことは「どうでもいい」と割り切り、従業員を守る方が合理的である。そのために「電話対応やめました」という宣言を各社してはいかがだろうか。
いや、完全に電話対応窓口をやめられない場合もあるだろう。それは「健康被害」「不良品対応」「超優良顧客」の3つになると思うが、最初2つについては、用件を聞いた後に「それは当窓口では対応しかねます」と言うだけで切る。
だが、これらにしても問い合わせフォームだけでなんとかなる。その専用フォームを作り、症状や不良状態を具体的に書いてもらう。フルネームと電話番号も書いてもらう。その段階で単なる誹謗中傷や意味不明のクレームだった場合は無視。「これは本当にマズい…」というものだけに対して電話をするという対応でいいのだ。「超優良顧客」の場合は、予め登録制度にしておき、ID・パスワードを入力したうえで問い合わせフォームに進めるようにする。
とにかくこれだけ精神を病む従業員が多いのと、クレーマーがつけあがる社会というものは、クレーマーであろうとも「お客様」扱いして甘やかしていたことが原因である。「カネを払わないヤツは不要」というスタンスに企業はもっとなっていいし、客でもなんでもない暇人の相手はしないでいい。社会全体がその雰囲気になれば、「お前の会社から無視されたことをネットに書くぞ!」と脅されても「どうぞどうぞ」となる。それでいい。ただのクレーマーは経営上の邪魔な存在なだけだ。
【ビジネストラブル撃退道】は中川淳一郎さんが、職場の人間関係や取引先、出張時などあらゆるビジネスシーンで想定される様々なトラブルの正しい解決法を、ときにユーモアを交えながら伝授するコラムです。更新は原則第4水曜日。アーカイブはこちら