ポータルサイト「Yahoo! Japan(ヤフージャパン)」を運営するヤフーとLINE(ライン) の経営統合のニュースは衝撃的でした。日本市場で、片や最大級のポータルサイトの地位を押さえるネット時代の覇者。一方のLINEは事実上メッセージアプリのデファクトスタンダードを確立した王者。栄枯盛衰の激しいネットサービスの世界で覇権を獲得した強者同士が手を組んだことは、そのスケールの大きさを含めて激震と言ってよいインパクトがありました。
ヤフーの事実上のオーナーでもあるソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏は、若い頃二つの単語カードを持ち歩き、まったく異質な言葉が記載された単語カードをランダムにめくり突き合わせ、その組み合わせから何らか斬新なビジネスアイデアが生まれないか検討することを日課として自らに課していたとの話を聞いたことがあります。そんな孫氏からすればこの統合作戦はむしろ驚くに値しないものであるかもしれませんが、出資する米共有オフィスWeWork(ウィーワーク)の運営会社が経営悪化で企業価値を損なった問題などでソフトバンクグループとして大きな損を出しながらも勝負に打って出ることができる資本力含めたリソースパワーはさすがという他ありません。
パソコン時代の覇者Yahoo! Japanによるスマホ時代の若年層接点強化の戦略であるとかQR決済の覇権戦略である等、多くの専門家による解説がされておりそれぞれ興味深いものですが、本稿ではブランディング戦略の視点でこの統合を検討してみたいと思います。
企業HP制作コンペに異業種10社
孫氏が創業期の米Yahoo!の将来性に目をつけて、創業者のジェリー・ヤンとデビッド・ファイロに「このカネを受け取れ、さもないと競合に出資するぞ!」と啖呵をきって出資した豪快な逸話はもはや現代の神話です。
米Yahoo!からサービスの日本での運営権を獲得したヤフーのYahoo! Japanはネット時代不動のポータルサイトとしての地位を獲得し今に至りますが、本家米Yahoo!はGoogle(グーグル)やFacebook(フェイスブック)との競争に敗れもはや会社自体が存在しません。
そんな激しい競争の社会で日本市場だけとは言え、絶対的な地位を確立したヤフーの存在感はやはり圧倒的と言う他ありません。
私個人は一つの原風景があります。ちょうど2000年をちょっと過ぎた頃でしょうか、ようやくネット接続もまずまずストレスなく行われる環境になった時期、各企業もようやく企業ホームページ(HP)を本格的に整備しようという機運が起きてきました(それまでは申し訳程度のサイトが多かったように思います)。当時私が担当していた某大手クライアントからも、自社ホームページ制作構築のいわゆるコンペのお声がけがありました。広告会社が参加するコンペは通常同業2、3社が呼ばれるケースがほとんどなのですが、その時はなんと10社コンペ。しかもおなじみの同業数社の他、リクルートや富士通、CSK(当時)、野村総研など普段お目にかからない企業にも声がかかっていたのです。発注する方も受注する方も手探り、私自身提案内容を詰めるのに四苦八苦した記憶があります。そうなんです、ネット本格普及期の前夜、どんなビジネスマンも企業もこれからネット時代になるという認識は持っていたものの、まだまだ定型的なスキームもましてイニシアチブを誰がどう握るのかもまったく何も定まっていない時代が確かにあったのです。
ポータルサイトの地位をヤフーが確立した瞬間
ポータルサイトの地位を見れば、そんな時代において本来一番近い場所にいたのは間違いなく大手全国紙各社であったと思います。テキストメディア企業としての事業規模の大きさ、記事のクオリティ、速報性、信頼感、ステータス。何をとっても匹敵する存在はなかったと思いますが、結果ポータルの地位はヤフーに奪われました。時間もたちその時期のいきさつも明らかになりつつありますが、孫氏がここでも全国紙トップに直談判し相当な条件提示で実質的に新聞社をポータルサイトYahoo! Japanのティア2に押し込めてしまったメルクマールもあったようです(新聞業界は孫正義に“とどめ”をさされた:『2050年のメディア』新田 哲史)。
振り返るに、ビジョナリーとしての孫氏の経営戦略の冴えを見せた瞬間であったと言う他ありません。
その後のポータルサイトとしての圧倒的な地位は、実際にウェブ広告媒体としてもトップページのブラパネ(ブランドパネル)を筆頭に別格の扱いとなっており、その存在感は格別です。
Yahoo!ブランディングの直観性、抽象性、広がり
そんなヤフーですが、もちろんサービス名のYahoo! Japanは、元々米Yahoo!に由来します。
それにしてもYahoo!やGoogle、Amazon(アマゾン)などのネーミングを見るとき、どこの国の誰でも直感的に発音しやすく、適度な抽象性や広がりを感じさせる、最初からグローバルに普及されるサービスが意識されていただろうネーミングセンスが非常に印象的です。やはりネットサービスは規模のメリットが発揮されやすい事業ですから、グローバルに横展開されるメリットは計り知れないものがあります(この点あえて例示はしませんが、今となってはグローバル市場も視野に入れたい、いくつかの日本の大手ウェブサービス企業のブランディングは出発点においてそこら辺の吟味が十分ではなかったかもしれません)。
自社ブランドさえ脱ぎ捨てかねない大胆さ
そんな最強ブランドYahoo! Japanですが、今回のLINEとの経営統合劇を見ていると、近い将来必要があればすっぱりそのYahoo! Japanブランドさえ捨て去るのではないかとさえ思います。それは持ち株会社が10月にヤフーの名前を捨てZホールディングスと名乗ったことからもうかがえますし、ネーミングライツを持つヤフオクドームは早々にペイペイドームと変更してしまいました。それでなくても最近ではZOZO(ゾゾ)も買収し、PayPay(ペイペイ)、ジャパンネット銀行、LOHACO(ロハコ)、GYAO!(ギャオ!)、一休、バズフィードジャパンなどヤフー(Zホールディングス)の元には様々なサービスブランドが集結しつつあります。そこに大物LINEも一緒になるわけで、今後これらサービスを連携させるにあたって一体どんなブランディング戦略を展開するのか誰しも興味があります。
伝統的な日本企業的視点で考えれば、双方伝統とメンツでがんじがらめの展開が考えられます。典型的には、三菱銀行と東京銀行が合併し「東京三菱銀行」、その後UFJ銀行(この銀行自体東海、三和の数奇な合併劇で誕生)が合併され「東京三菱UFJ銀行」となり、その間にどちらの名前が前に出るかを含め、国境問題のごとく時間が解決することを待って「東京」がとれて「三菱UFJ銀行」になったのがつい昨年のことです。
もちろん業種も歴史もまったく違うわけですが、少なくともヤフーやLINEの経営陣に、いかに自社ブランドを温存するかというプライオリティはないように見受けられます。つまりそれだけウェブサービスの世界の変化は速く、ブランディング面でも変幻自在、融通無碍こそが吉ということかと思います。
マーケティングの定石的にはブランド価値は積みあがると見なしますから、価値の積みあがったブランドのパワーを効率よく使おうと考えますし、都市設計のごとく整理整頓された体系的なブランド体系を提案したくなるのですが、どうもウェブサービスの特性からはけもの道がやがて大街道になるがごとく自然発生的なブランディングの方がユーザーに支持されるようにも感じます。またそれを一番肌感覚で知っている企業グループがヤフー・LINE連合であるに違いありません。
いずれにせよしばらく目を離せませんが、自社ブランドさえも脱ぎ捨てかねない大胆さとスピード感、市場の先手を打つしたたかさは日本のあらゆる企業が刮目すべきように思います。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら