ビジネストラブル撃退道

仕事相手の“ちゃぶ台返し”に怒るより「そうですか」で済ませる方が賢いワケ

中川淳一郎

 突然予定や条件を変えられたり、準備していたにもかかわらずすべて覆されてしまった時のように、「言われていたことと違う」という場面に遭遇したら、誰しも怒りたくなることだろう。怒らないまでも文句は言いたくなることだろう。

 だが、その時に怒っても文句を言ってもあまり意味はない。理由は、その相手にしても「言われていたことと違う」と思っているからである。別の権力者やキーマンがその決定をしただけに、覆すことはできない。末端の人間に文句を言っても仕方がないのだ。

 タレント事務所が態度を豹変

 広告関連の仕事をしていると、「それいいですね~!」「面白いアイディアですね~!」とその場が盛り上がり、その場の担当者レベルではGOが出たりする。この時は「上司が(クライアントが)求めているのはこういうことだな」という感触があるからだ。

 ところが、その上司の上司が入って来た途端、「それはナシ!」なんてこともある。あとはCMの場合だと、タレントの所属事務所が突然態度を豹変させて当初「OK」が出ていた条件を覆してきたりする。

 こんな業界で長年仕事をしてきただけに、私自身「仕事なんてもんはスムーズにいかない」「仕事はちゃぶ台返しの連続」としか思っていない。若い頃は「話が違うじゃないですか!」などと文句を言っていたが、最近は「あぁ、そうですか」で済ませるようになった。

 相手も困惑していて、恐縮しながらこちらに覆ったという事実を伝えているのに、その人の傷に塩を塗るような行為はしない方がいい。クライアントから依頼をされている彼からすれば、板挟みになっている状況である。そんな中、依頼をしている相手からもキレられたらたまったもんじゃない。

 この判断ができるようになったきっかけは、「自分に直接お金をくれる人が大事」と考えるようになってからである。一つの広告企画ではクライアントも含め大きなチームはあるが、クライアント→広告会社、というカネの流れに加え、広告会社→私、というカネの流れも存在する。となれば、大きなチームの中に「広告会社&私」という小規模チームも存在することになる。大きなチームは重要ではあるものの、より密接に日々連絡を取り合っている小規模チームの人の方が関係性はより深い。

 そして泥臭い話になるのだが、「仲間感」というやつが小規模チーム構成員の方が強いのだ。先日かかわった業務には、広告会社からPR会社、イベント会社、そして私に仕事が降りてきた。となると、PR会社とイベント会社と私は同じ下部層のレイヤーに属し、ここは競い合うのではなく広告会社がクライアントに対して良い報告ができるよう手足を動かし、知恵を出さなくてはならない。

 「オレの方がPR会社よりも、イベント会社よりも貢献してますから彼らに渡す分の取り分を寄越してください」なんて言ってはいけないのである。ラグビーではないが、ONE TEAMであり、個々のパフォーマンスが我々の「親玉」「雇い主」たる広告会社の立場を良くすることだけを考えなくてはいけない。

 重要な先行投資

 正直、クライアントは我々のような下請け事業者からすると遠い存在過ぎる。「天の上の人」のような感覚のため、彼らが何かを覆したとしても「まぁ、そういうこともあるよな」ぐらいの感覚しか抱かなくなってきた。むしろ、「余計な作業をさせてしまい申し訳ありません…」とお詫びをしてくる「チームメイト(広告会社)」に対して「大丈夫です。○○さんも大変でしたね」とねぎらうことができるようになった。

 ちゃぶ台返しを通告された時に平然と「そうですか」と言っておけば、取りあえず「一つ貸しは作った」という状態になるため、その後別の仕事を振ってもらえるかもしれないし、「あの時のお詫びで」と少し報酬を上乗せしてもらえることもある。

 これはあくまでも私の営業スタイルではあるものの、「あの人は何があろうがおろおろしない」「あの人はこちらの苦労を分かってくれる」という評価を得ることは、その人と末永く付き合うにあたり、実に重要な先行投資となる。

 当連載のテーマは「ビジネストラブル」だが、トラブルは実はその後の関係性発展のために重要なチャンスでもある。人間というものは、「楽しい時間を一緒に過ごした」というよりも「辛い時間を一緒に乗り切った」方が絆が深くなるし、思い出が深くなる。20年前の仕事仲間と今会うと、しみじみとしながらこんな会話になる。

 「いやぁ~、あの時はつくづく参ったよな」

 「そうですよ! だって突然山森さん(クライアントのキーマン)がキレ始めて『明日までに全部作り直し!』とか言ってきたんですもんね」

 「しかも出張中だったもんだから、ホテルの部屋に全員集合して朝まで作業するという…」

 「いやぁ~、それにしても眠かったなぁ、ガハハハ!」

 「まぁ、なんとか乗り切ったから今、こうしてオレ達も会えているわけじゃないですか!」

 「あるよな、仕事してるとこんなことばっかだよな」

 かくして「労働者」たる我々は「戦友」「盟友」を見つけ、トラブルでさえもキラキラとした思い出に変えるスキルを身につけていくのである。その時の心構えは「はい、分かりました」であり「なんとかしてみますね」だ。文句を言っても物事は進まない。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) ネットニュース編集者
PRプランナー
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『謝罪大国ニッポン』『バカざんまい』など多数。

【ビジネストラブル撃退道】は中川淳一郎さんが、職場の人間関係や取引先、出張時などあらゆるビジネスシーンで想定される様々なトラブルの正しい解決法を、ときにユーモアを交えながら伝授するコラムです。更新は原則第4水曜日。アーカイブはこちら