ローカリゼーションマップ

人前の「寝落ち」許す日本文化は危険 外国人が驚く習慣の寛容度

安西洋之

 日本において講演会などで話をしていると、こっくりこっくりと船をこいでいる人を見かけることがある。言うまでもなく、こちらとしては、とても不愉快である。ただ、日本では、そういう「習慣に寛容」であるのを百も承知しているので、その人を努めて見ないで話を続けることにしている。

 だが、その「習慣の寛容度」を知らない外国人にスピーチを頼んで、そういうシーンに立ち会うと冷や汗ものだ。椅子からずり落ちそうな聴衆がセッションの最前列にいたりすると、「聞かないなら出ていけ!」と、会場から叩き出したい思いにかられる。

 日本のサラリーマンは通勤で疲れているから所かまわずに寝るとも言うが、果たして疲れだろうか? 

 先月、外国から日本にやってきた参加者たちと参加するミーティングが何日もあった。彼らは「今朝は時差で午前3時に目が覚めてからそのまま寝られなかったから、午後はひたすら眠かった」と何度もぼやいていたが、一人としてミーティング中に寝落ちすることはなかった。

 人前で眠るのは背徳行為であるとの意識が徹底しているのである。日本では人の話を聞きながら寝るのが、そこまで「悪いこと」になっていないから、平気で寝るわけである。

 日本の人は人前で控えめな態度をとりがちで、自分の意見もあまり言わない。それなのに堂々と寝る。このギャップに外国人は驚き、日本の人はそのギャップに気がつかない。

 先日もミーティングの後、欧州のある人に「他の国とまったく違うから、日本はとても面白い」と言われたが、この評価を喜んでよいのか嘆くのが良いのか一瞬迷った。相手は必ずしも批判的に言ったのではないが、人前で寝落ちする姿に眉をひそめる表情も、ぼくは確認している。エチケット違反だと騒ぐ前に、一生懸命話しているのに目の前で寝られると心底ガッカリするのだ。 

 一方、欧州の人たちとの日本旅行中、何度か聞かれたことがある。

「人前で鼻をかむのは、どう見られるのか?」

 そこで「普通にティッシュペーパーで鼻をかむのは問題ないけど、欧州でやるみたいにチーンと大きな音は出さずに、少し顔をそらす方が好感をもたれると思う」とぼくは答えた。そしたら、彼らは滞在中、なるべくそっと鼻をかむようにしていた。

 これが文化差異なのだ。欧州の人は鼻水でズルズルと不快な音をたてるのは完全なエチケット違反と考え、そのかわり大きな音で鼻をかむのは問題ないと思っている。

 したがって、日本の人がプレゼン中にマイクを持って鼻水をすする音を部屋中に響かせたとき、欧州の人は猛烈に不快な顔をする。そして「鼻水を隠すために日本の人はマスクをしているのか?」との質問をぼくは受けるに至る。

 文化によって習慣は異なる。

 それでは、寝落ちへの寛容度と鼻水の処理の違いは、同じレベルで論じられるだろうか?パスタを食べる時には音をたてず、蕎麦を食べる時に音をたてる。これらの文化の違いと、寝落ちを同列で考えてよいことなのか?

 結論を言えば、生理的な音(鼻水からトイレでの音まで)への感覚の違いと、人前で寝落ちすることへの寛容度の違いは同列にならないと思う。どのような角度から考えても、人の話を聞きながら寝ても良いとは言い難い。どうしても睡魔から逃れられないのなら、黙って退出するべきだ。

 地下鉄などの公共機関のなかで寝るかどうかは、安全のレベルなどを勘案し、国によって許容度が異なるのは当然である。電車のロングシートで後頭部を窓ガラスに押し付け、口をぱっくり開けていくらいびきをたてようが、それは本人が恥ずかしいと思わない限り、他人が文句を言う筋合いのものではない。それでバッグから財布を抜き取られても、本人の責任だ。

 しかし、講演やミーティングに参加しながら寝るのは、他人への敬意に欠ける。他人への敬意自体に無関心であり、身体全体をもって無関心を表現するのは、社会における振る舞いとして敵意の表現にさえなることがある。だから外交上のトラブルを回避するためには退出するしかない。

 日本に独自の文化があるのは良いことだ。だが人前で寝落ちする文化は危険度が高すぎる。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。