ローカリゼーションマップ

リトアニアのデザイン史が教える審美性の価値 自由な社会づくりの礎

安西洋之

 先週、六本木ミッドタウンにあるデザインハブで、コンテクスト・文化・デザインの3つをキーワードにしたトークセッションがXデザイン学校公開講座として開催された。そこでバルト三国の1つ、リトアニアのカウナス工科大学デザインセンター長のルータが、非デザイナーを対象にデザイン文化を定着させていく必要性を説いた。

 カウナスでの実験的な数々の試みの結果見えてきたのは、デザイン文化の普及を図ることで、1人1人が「自分自身への自信や信頼」を獲得できたことだ。

 しかも、このプロセスにおいて、いわゆるデザインのスタイリング(カタチや色)の部分に接することや「デザインを実感できる空間」が鍵であるとの確認もとれた。

 この10数年間、デザインがスタイリングではない他の側面、例えば、合意形成のツールといったところで評価され、スタイリングや審美性のステイタスが相対的に下がっていた。しかしながら、そうした点が、実はデザインのもつ本来的な価値であることには変わらないと再評価されつつあり、リトアニアの実験によって、その裏付けがとれてきたと表現しても良いだろう。

 だが、この話だけだと、デザインに関わる人たちだけの関心にしかならない。実は、このネタは根が深い。

 リトアニアは1940年からソ連の支配下にあったが、1990年、ベルリンの壁崩壊の翌年、独立をはたす。だが、国内の旧勢力のモスクワとの政治的な関係はなかなか刷新されず、新しい国のビジョンづくりは(近隣のエストニアに比較しても)相当に出遅れることになる。

 そしてビジョンを築くのに苦労するのは、ソ連時代の全体主義体制のなかで1人1人が自由に考えるベースとなる審美性の価値を喪失したのが一因だ、とルータは考えている。

 ソ連時代のデザインをみると、グラフィックデザインもプロダクトデザインも、当時の西側諸国のデザインと比較して、そう遜色がないものがある。しかしながら、それらは西側諸国に定期的に視察団を送り、その時のトレンドを学んだ結果である。

 ルータはこうしたデザインにNOと強く断言する。 

 「あの時代におけるデザインとは、政治的なコンテクストにおかれたものであった。自由主義圏のデザインに決して見劣りはしていないことをアピールするデザインである。プロパガンダであり、デザインとは呼ばない」

 前述したデザインにおける審美性再評価の論議をリトアニアの文脈におくと、より一層、社会が成り立つうえで審美性への重視が必要不可欠な要素であることが浮き彫りになってくる。

 審美性というと、趣味生活や感性豊かな教育を連想する向きもあるかもしれない。仮にそう連想するならば、感性とは自由な社会を保つに基本的な素養である、との認識のうえに立たないといけない。

 このような観点は、日本でも第二次世界大戦中の検閲社会において十分に訴えられ、戦後の冷戦時代においても議論が尽くされたはずだ。それがどの程度、社会に定着したかはさておき、身体をはってその価値を守ろうとした人たちは少なくない。そうした貢献があることを、過去のある時期まで、人々は少なくとも気づいていた。

 残念ながら、日本はもとより、現代の先進国の一部ではその議論の存在自体を忘れてきた。

 繰り返すが、最近、デザインの論議のなかで審美性が再び脚光を浴びてきたのは、10月21日から3日間、大阪で行われたデザイン学会4D Conference での複数の人による基調講演の内容を聞いても明らかであった。 

 往々にして、ビジネスやテクノロジーに従事するものとしてのデザインをベースにおくと、企業の組織や製品開発へ審美性がどうコミットするかとのレベルでしか評価されない。

 それはそれで重要なのだが、議論の矮小化が避けられず、矮小化は考え方それ自体を脆いものにする。

 一方、21世紀は人々がビジネスやテクノロジーに従事するのではなく、ビジネスやテクノロジーが人々、言い換えれば社会に従事するとの逆転の構図を推進していくべき、との意見が出始めている。「ユーザー中心」という考え方も、人々を目的におかなければフェイクである、と。

 このような状況下、リトアニアには今年5月、文化省と経済・イノベーション省を横断するカタチで、長期的なデザイン政策を問う審議会が設置された。ルータは9人のメンバーのうちの1人に任命された。デザインが経済発展のためだけでなく、国や社会の行方を定めるにあたり、その有効性が話し合われている。

 しかも、まだ記憶にある過去50年(1940-1990)の社会に対する大いなる反省に基づいている。この歴史が逆に今後の強みになるのではないか、と個人的にリトアニアのデザインをフォローしている。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。