ラグビーワールドカップ(W杯)、世界の壁はやはり厚かったですね。とは言えナイスファイト。私もそうですが日本代表チームの活躍に心躍り、初めてラグビーの面白さを知った人も多いのではないでしょうか?そんな中、ランチパックがBBCも”芸術品”と紹介するなど海外からラグビーワールドカップ取材のため来日中の記者に大人気のようです。山崎製パンがラグビーワールドカップ2019公式商品発売という位置づけで今大会に協賛しているとのことなので、プレス向けに”ランチパック”を用意したところ各国の記者がなんだこれは?と手に取り高評価を得た状況と聞きます。
ワールドカップともなれば協賛企業も豪華で、エミレーツ航空やハイネケンなど6社が並ぶワールドワイドパートナーや、キヤノン、TOTOなど日本企業8社が並ぶオフィシャルスポンサー、NTTドコモ、サントリーなど8社が名前を連ねるトーナメントサプライヤーなど国内外、錚々たる企業がそれぞれの協賛カテゴリーに名を連ねています。
それを考えると公式商品という協賛方式は、予算的にも上記カテゴリーよりグッと低いはずですから、それでこれだけ良い評判とバズを獲得した山崎製パンとしては、よしよしといったところかもしれません。
逆に言えば、元旦のニューイヤー駅伝など日頃から多くのスポーツイベント(特に陸上は創業者の飯島藤十郎が学生時代に中距離選手で体操の教員経験があったこともあり応援していることは有名)を協賛してきた企業ならでは、お声もかかるということかと思います。
外国人プレスが驚いた斬新さ
それにしても我々日本人にとっては身近過ぎてもはや驚くものではないランチパックですが、日頃からパンが身近な外国の記者から見てもよほど新鮮に映るようです。
パンもしくはサンドイッチと言ってしまえばそれまでかもしれないのに、「ランチパック」は確かにランチパック。そんなユニークさを初めて見る外国の人でもはっきりと認識するのでしょう。
先ほどのBBCの紹介では、「見た目は酷いが、味わいはファンタスティック」と英国人らしいアイロニーで紹介していましたが、あらためてしげしげ見ると、まずとにかく形状がユニーク。正方形で真っ白。中身の具材も見えないし、確かに美味しさを見た目で確認することはできません。おーいパンの耳はどこいったんだ?と気になりますが、一部は「チョコの山」や「ちょいパクラスク」という商品として生まれ変わり、あとは飼料として利用されているそうです。これならば、子供も「なんでパンの耳だけ残すの。もったいないでしょ」とお母さんに怒られずにすみますし、パンの耳はモソモソして実は無い方がウレシイ、多くのもう子供ではない人たちも罪悪感なく食べることができます。
しかも耳はないけど、周囲がしっかり閉じられているので具材がこぼれずどんな状況でも片手で食べやすい。サイズも程よく小さくて2枚入りで食べきりやすく、女性も食べやすいサイズです。何より、サンドイッチなのに常温保存ができるところも、扱いやすくてとても便利です。食べてみれば、ソフトなパンの食感と、どんな味を試しても裏切られない安心の美味しさ。確かに、良いとこずくめな商品だと、再確認しました。
「ランチ」というオケイジョン訴求の切れ味
改めて見れば、それほどに優れたUSP(ユニークセールスポイント)が多い「ランチパック」ではありますが、成功は、商品力だけの賜物ではないと思われます。
まずネーミングが秀逸です。「ランチパック」。○○サンドとしてしまいたいところを、「パック」というパンの世界ではあまりなじみがない、でもイメージはなんとなくできる言葉で表現しています。ちなみに他社の同様製品は「スナックサンド」(フジパン)や「ふんわりサンド」(木村屋總本店)等サンドイッチの一形態であることを訴求するネーミングが多いのです。
また、例えば”あんぱん”のように味を名前に付けないことで、今に至る無限のバリエーション展開を可能たらしめています。発売時より何らかカテゴリーブランドに育てていく意志を感じさせるネーミングですが、パンは商品名で味訴求をする製品が多いですから、そもそもユニークです。
そしてネーミングの肝は「ランチ」という食べてもらうタイミングを訴求していること。このように生活者にその製品を使うタイミングやシチュエーションを提示する訴求をオケイジョン訴求といいます。食品に対して、生活者は基本保守的ですから、いつどう食べれば良いか分からない製品をそうそう食べてはくれません。そんな新しいコンセプトの商品を、「ランチ」と提案することで、一歩分かりやすく生活者にとって手を出しやすいものにしているのです。
この「ランチ」という定義が、「ランチパック」のブランドの位置づけを実は非常に端的に表しています。つまり家で食べるブレックファストでもディナーでもなく、職場や学校、スポーツや趣味など何らか外で活動している日中に、ハンディで食べやすい特性を生かして食べて欲しいと伝えています。
オケイジョン訴求をTVCMでも徹底
剛力彩芽さんが長く出演し、現在は山崎賢人さんが出ているCMの訴求も一貫して、スポーツや職場など自宅以外での活動的なシチュエーション。ここでもオケイジョン訴求が徹底されています。
でも考えてみるとこれは結構異例なことで、パンに限らず食品のコマーシャルはいわゆるシズル感と言われる、ジュワーとかサクッといかにこの食べ物が美味しいかを感性に訴えるCMが基本です。「ランチパック」のCMに美味しさ訴求はありませんし、次々と新発売される新しい具材を使った新味の訴求にもあまり重きを置いていないように見受けられます。
あくまで「ランチパック」というカテゴリーブランドをこんなときに食べて欲しいという訴求で一貫していることが逆にユニークなポジションを作っていると言えると思います。もちろんどんな新味を食べてもらっても、決して味の面でも裏切らないという自信が裏付けとも言えますが。
一貫性を徹底しつつキャラクターで温もり要素を演出
そして私が一番山崎製パンらしさを感じるのがパッケージです。非常にシンプルな直線パターン基調のデザインが機能的でどんな味がきても必ずランチパック一族と判別させてくれます。一貫性は強いブランドの絶対条件です。でもそれだけにとどまってしまうと、非常にクールで無味乾燥な印象にさえなりかねず、食品としては致命的です。そこが山崎製パンの本当に上手なところ。女の子のランチちゃん、男の子のパックくんという、ちょっと身も蓋もないような名前のキャラクターがパッケージで活躍していて、ハードな印象になり過ぎないよう、「ほっこり感」を与えているのです。本連載では度々指摘するようにクールすぎる食品パッケージはまったく売れません。
どうしてもプロのデザイナーは、最先端の感性をもったプロ、業界内での目線を意識しますので、よりエッジのとがったもの、よりシャープなものを目指しがちです。でもその意識はともすると買って食べる人を置き去りにする場合があり、生活者はそのエゴのにおいを敏感に感じとります。やはり食品のパッケージは、何らかの気取らない温もりがあるほうが人を安心させてくれるのではないでしょうか。
「ランチパック」に限らず山崎製パンの、食品としての温かみを常に感じさせる広告マーケティングはいつも見事と感じますし、それを広告代理店やデザイナーなどプロをきちんとコントロールして一貫させる努力は、明快で強い意志と自社ブランドに対する意識がなければできないことだと思っています。パンを中心とする身近な食品を扱いながらグループで年間売上1兆円を超える企業の凄みを、そのやわらかなパッケージから感じるのです。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら