【ブランドウォッチング】ローソン「悪魔のおにぎり」 大ヒットを生かす、悪魔的ブランディング戦略
昨年の10月に発売されて以来まさに悪魔的な大ヒットとなった「ローソン 悪魔のおにぎり」。筆者は正直なところ内心一発屋に違いないと勝手に思い込んでいました。定番商品にはないその意表をつくネーミングやパッケージのインパクトなど非常に面白いものでしたが、最初の驚きが過ぎてしまえば、棚落ちして自然消滅するものだと勝手に決め込んでいたのです。ここに懺悔してお詫びさせていただきます。
さてこの「悪魔のおにぎり」、なんとシリーズ化して勢力を拡大しているではありませんか。今年1月には「悪魔のパン」「悪魔の焼うどん」などが登場し、直近では本家「悪魔のおにぎり」に明太バター醤油味が登場していたり、飲み物コーナーには「悪魔のコーヒー」、そしてなんとあのからあげクンにも「超からあげクン 悪魔のおにぎり味」が登場していたりして、その勢いはとどまるところを知りません。
しかも発売以来の累計販売数が4600万個を突破(2019年7月末時点)し、発売1周年を記念して10月中旬から4週間、「悪魔のおにぎり」の販売数に応じた金額を、情報・システム研究機構国立極地研究所が設立している極域科学振興募金に寄付するということです。「悪魔のおにぎり」が、南極地域観測隊が夜食として食べていたおにぎりをヒントに開発され大ヒットしたことに対する粋な恩返しで、さすがにキャンペーンも地球規模のスケール感です。
最近では、テレビCMがオンエアされ、ローソン公式おすすめとして、おでんのつゆに「悪魔のおにぎり」を入れて雑炊風にアレンジする食べ方が提案されるなど、一発屋どころか堂々ローソンのオリジナルブランドとして育成していく方向性のようです。
“悪魔”というわりに、万人受けするマイルドな奴
昨年の10月に発売されるやいなや、1週間で120万個を販売。通常1年はかかる販売数を1カ月半で売ってしまったとか、その影響で一時は具材に使う青のり相場が高騰したとか、数々の伝説を打ち立てた「悪魔のおにぎり」。名前とは裏腹に縁起がいい感じさえしてきます。
そもそもは、テレビで紹介されていた南極地域観測隊の夜食。たぬきうどんにトッピングされている天かすを使っていることから「たぬきおにぎり」と呼ばれる静岡発祥の食べ物にインスパイアされたとのことです。確かに、パッケージに描かれる可愛い悪魔は、たぬきに違いないですね。
食べてみると“悪魔”というわりに、素朴でマイルドなどこか懐かしい味わい。日本人なら誰もがスッと受け入れられるのではないでしょうか。おばあちゃんも喜びそうな味。この“悪魔”と脅しておいて、実は誰にでも間口が広いちょっとツンデレなギャップ感も良かったのでしょう。
「たぬきおにぎり」だったら絶対に売れていない
もしこのおにぎりが、愚直に「たぬきおにぎり」と名付けられていたら、間違いなくこれほどのヒットはしなかったはず。それは、「南極地域観測隊のまかない飯」や「静岡発祥」などのショルダーコピーを付けても同じだったと思います。
通常、食品には使わない“悪魔”という言葉をあえて使ったこと。これが勝利への第一ステップだったことは間違いありません。でも、昔から、「まずい屋」と名乗りながら美味い飲食店が各地にあったり、歴史を紐解けば、食品ではないものの、シャネルが「エゴイストEGOIST」という香水を発売し一大センセーショナルを巻き起こしたりするなど、へそ曲がり大賞的なネーミング手法自体は存在してきました。
この悪魔のおにぎりが上手かったのは、「やみつき注意」というショルダーコピーを最初つけたことで、「ああ、美味しいものなんだ」と味の保証が伝わったことだと思います。というのも、生活者は食べるものに対しては存外に保守的で、たとえおにぎり1個とはいえ、大ハズシはしたくないと考えています。実際、ローソンも悪魔のおにぎりが登場するまでは、シーチキンマヨネーズが不動のナンバーワンだったとのこと。何でもかんでも変わり種に飛びついてくれるわけではないのです。
加えて、怖いのか間抜けなのかよく分からないイラストの「ほっこり感」。このちょっとしたゆるさは、食べ物のパッケージに必須なものだと言えます。過去様々なパッケージデザインも担当してきましたが、カッコよすぎて冷たく感じるパッケージの食品は全く売れないのです。
“映える”SNS時代にぴったりのネーミング
ダメ押しが、twitterなどSNSでの拡散でしょう。伝わりやすいシンプルで面白い商品名。もちろん、この怖可愛いイラストパッケージもtwitterでバズること請け合い。
今、「世の中総コピーライター時代」とでも言いたくなるほど、我々はSNSでの発信をする際に、日々簡潔でいながらも、いかに人々の関心を惹くようなサムネイルをつけるか(=いかに“映える”か)に頭をひねっています。間違いなく、ひと昔前ならコピーライターや記者ぐらいしかしなかった作業です。
「やみつき注意 悪魔のおにぎり」は、そのまま使っても“映える”ネーミングの商品だったことで、SNSで拡散されたと言えます。そして、このSNSという口コミからの認知は、目新しい食べ物に対する警戒感をほどく安心材料としても寄与したでしょう。
無味乾燥になりがちな流通ブランドにキャラクター性
そう考えると、生活者に支持されたこの「悪魔の」というコンセプト、ブランドを一発屋で終わらせるのはすごくもったいないですね。ご存知の通り、まったく認知がない新商品を広く生活者に知ってもらうためには莫大な広告費等マーケティングコストがかかります。恐らく世に送り出した方も予想していなかった水準のブランド認知を獲得しただろう「悪魔の」という望外のマーケティング資産を生かして横展開を図る戦略は、費用対効果上も確かに至極納得の戦略ではあります。
もう一つ、「悪魔の」シリーズをローソンオリジナルのブランドとして展開する作戦の良さは、コンビニオリジナルブランドにキャラクター性を与えることではないでしょうか。流通オリジナルブランドというのは、特にすでに存在するナショナルブランドを自社ブランドに置きかえるPB(プライベートブランド)に顕著ですが、そのブランドアンブレラの下で色々な商品や味が展開される関係上、パッケージやネーミングが中庸的で無個性になりがちです。消費者からすれば購買検討時にパッと見でPBと判別できることは良さでもありますが、ナショナルブランドの個性あふれる商品群に対して、ちょっとつまらない感じがしてしまうこともまた事実です。
でも最近ではローソンだけとっても「ウチカフェ」シリーズなど、より魅力的なオリジナルブランドを育てるための努力も怠りありません。きっと「悪魔の」シリーズは、そんなコンビニオリジナルブランドがより個性的、魅力的に進化していく流れに大きく貢献する存在であることは間違いないように思います。
【プロフィール】秋月涼佑(あきづき・りょうすけ)
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら
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