【ビジネストラブル撃退道】従業員のSNS発信が思わぬ「社員テロ」に… 不適切投稿で吹っ飛ぶ商機
SNSがない状況は考えられない
最近広告業界の人と話すことが多いのだが、「従業員のSNS使用」に関する議論が時々出る。大手広告会社では、業務について一切書くことは禁止されているほか、所属企業名を出すことも禁止されている例もある。一方、IT系広告企業や「クリエイティブブティック」と呼ばれる小規模の精鋭部隊で結成した広告系制作会社の場合は、従業員のSNS発信を制限していない場合が多い。いや、むしろ積極的に発信を促している。
発信を推奨する側からすれば「自分の手掛けた仕事をアピールしたい」「フォロワーが多ければ、結果的にクライアントのためになる」「SNSの発信から得られる仕事もある」「自分がどんなことが得意なのかを関係者・将来的な顧客から知ってもらえる」など様々な利点を言えることだろう。
私もこれには多いに同意する。自分自身もフリーランスの編集者・ライターとしてSNSがない状況は考えられない。こうした署名記事を執筆するにしても、SNSで告知をすることにより、アクセス数を増やすことが可能だ。だからこそ、「推奨する」立場であるし、大手広告会社の若者がSNSで自身の仕事について情報発信できないことに不満があることも理解する。
しかし、昨今のネット上の拡散力というものはあまりにもすさまじく、不用意な一言でどれだけ組織にダメージを与えるかは分からない。たとえば、従軍慰安婦や徴用工、靖国神社に関し、大手広告会社勤務のA氏が何か意見を書いたとしよう。これらの件についてはどちらの側からも反発が寄せられるものである。
「御社の見解を伺いたい」
従軍慰安婦ないしは靖国神社についてツイートした大手広告会社の若手クリエーター・A氏は、お菓子メーカー・Xの担当だ。そのことが過去のツイートによりバレている場合、A氏の発言が気に食わない人間はA氏の所属企業に抗議をするほか、X社にも抗議をすることが可能となるのだ。いや、昨今は抗議をしてしまうと威力業務妨害になってしまう可能性もあるため、「お問い合わせ」をする。
所属先に対しては「御社の社員のAという方が従軍慰安婦(靖国神社)に関してこのような発言をしていますが、影響力の大きい広告会社の従業員がこのように政治的発言をしていいのか、御社の見解を伺いたい」と言う。クライアント企業であるX社に対してはこんな感じか。
「御社は子供向けの、誰にも愛されるお菓子『〇〇〇〇』を発売するようなメーカーです。そんな商品のCM制作に携わる××広告会社のA氏という方が、従軍慰安婦(靖国神社)について××といった意見をツイッターに書いています。そうした政治的主張を盛り込んだCMになっていないか心配で心配でたまりません。お店で商品そのものを見る度にそんな人物がかかわっていることを思い出し、残念かつ不快な気持ちになってしまいます。そんな人物を御社が採用していることについて、見解をお聞かせいただければ幸いです」
ここで適切な対応をしなかった場合は、不買運動を起こされる可能性も出てくる。というか、この段階でX社はすぐに広告会社の営業担当とツイート主本人を呼び出し、厳重注意をすることだろう。場合によっては「我が社のカスタマーサポートをいたずらに疲弊させた」「御社のせいで不買運動を起こされてしまった」ということで、取引停止になるかもしれない。数億円の売り上げが1つのツイートで吹っ飛ぶ可能性もあるのだ。
「バイトテロ」ならぬ「社員テロ」
私はツイッターで過去に何度も炎上しているが、結局はフリーランスで雇い主がいないだけに、解雇やら懲戒処分等によって私のことを懲らしめてくれるであろう主体が存在しないのである。さらに言うと「口が悪い人間」というイメージがあるため、「たいへん申し訳ありませんでした」などと言う必要もなく「うるせぇ、ボケ」と逆に罵られて終わりになってしまう。
現在SNSの使用が禁止になっているのには理由がある。過去にやらかしてしまった者がいるのである。聞いた話だと、とあるCMで女性アイドルを起用し、撮影したことをSNSに投稿してしまった例があるのだという。そりゃそうだろう。美人のアイドルが自分の目の前にいて、何千万円もかけたCM撮影の現場にいることをSNSに書くことは承認欲求をかなり満たしてくれる。
「いいね!」が次々とつき、ファンからは「羨ましいです~♪ 〇〇ちゃんに『頑張って!』と言っておいてくださいね」なんてコメントでもつこうものなら「言っておきますね~。今、休憩中でイチゴ食べてます♪」なんて書きたくなってしまう。
CMのキャラが誰になるのか、というのは秘匿事項であるし、ライバルには絶対に知られたくないもの。とにかく準備段階のものを公の場に出すことは慎まねばならないのである。そんな危険性があるSNSでの情報発信なだけに、大企業が慎重になる理由は理解できる。分別のつかぬ若者がやりがちな「バイトテロ」ならぬ「社員テロ」「仕事仲間テロ」である。
ハイリスク超ローリターン
さらに問題なのが、影響力の強いテレビの情報番組がネット発の騒動を大々的に取り上げるようになっていることだ。そうなってしまえば、「炎上は数日待てば鎮火する」という従来のセオリーが通用しなくなり、映像がYouTubeに転載されたり、コメンテーターからボロクソに叩かれて立ち直れないほどのダメージを本人もクライアント企業も受けるかもしれない。
私は常々「宣伝材料がない者はSNSをやってもハイリスク超ローリターン」という考えを持っている。自分の名を広めたいクリエーターにとっては「『自分自身』という宣伝材料はある」という状態である。だが、クライアント企業からすれば「あなたの宣伝をするためにウチの商品を利用しないでほしい」となる。「いや、僕が有名になりフォロワーが増えれば、御社のためになる」という反論もここでは可能だが、「じゃあ、炎上して当社にクレームが殺到した場合はどうしてくれるのですか?」と言われてしまったら反論は難しい。
結局リスクとリターンを天秤にかけたところ、大手では「やらなければとりあえずは燃えない」という判断をし、従業員に対し規制をかけているのだろう。従業員のSNS使いのポリシーに悩む方、当文章が参考になれば幸いです。
【プロフィール】中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
PRプランナー
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『謝罪大国ニッポン』『バカざんまい』など多数。
【ビジネストラブル撃退道】は中川淳一郎さんが、職場の人間関係や取引先、出張時などあらゆるビジネスシーンで想定される様々なトラブルの正しい解決法を、ときにユーモアを交えながら伝授するコラムです。更新は原則第4水曜日。アーカイブはこちら
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