今日から使えるロジカルシンキング

顧客の要望に従って良いのか 優秀な人は「なぜ?」の繰り返しで根治を目指す

苅野進

第8回 「なぜ?」で根本解決へ〈基本〉

 上司やクライアントをもっとスムーズに説得できたら…。仕事でこんな風に思ったこと、ありませんか? この連載では、子供にロジカルシンキングを教える学習塾ロジムの主宰・苅野進が、SankeiBiz読者のみなさんに、ビジネスパーソンにとって重要なスキルであるロジカルシンキングの基本スキルを伝えていきます。

要望に“忠実に”従って良いのか?

 「図形が苦手なので個別指導をしてください」

 私の経営する学習塾でよくある風景です。顧客である保護者からの要望ですから、すぐに担当講師を手配することがこちらの仕事となります。しかし、長い目で考えると一歩立ち止まってみなくてはなりません。「図形の個別指導を受けた後に、顧客は満足するのだろうか?」ということです。顧客の要望に「忠実に従って」個別指導をすることを疑うのです。

 顧客の目的は個別指導を受けることではありません。個別指導を受けることで、図形が得意になり、さらに算数の成績が上がることです。個別指導が本当にそこに繋がるのか? を考えなくてはいけないのです。

根本原因を解決しない限り「症状」は再発する

 今回は、「症状」と「根本原因」について考えます。ビジネスにおいて顧客が「~をして欲しい」と声をかけてきてくれた時ほど嬉しい状況はありませんね。目の前に、自分のサービスを信用してお金を払うつもりで立ってくれているのです。「こんなことで困っている」「これをやって欲しい」という声には瞬時に対応したくなりますね。しかし、多くの場合、顧客が訴えているのは「症状」です。

 学習塾の事例で言えば、「図形が苦手」というのはなんらかの原因から生じているものなのです。それが、「図形の授業の解説が理解できなかった」という原因から発生したものであれば、個別指導によって丁寧に解説してもらえれば解決するかもしれません。しかし、それが「集団授業の復習をうまくできていない」ということが原因だったらどうでしょうか。個別指導で理解したとしても、復習できないことによって再び忘れてしまうことでしょう。

 このように「症状」というのは、根本原因を探って解決しない限り必ず再発します。同じ症状が現れることもあれば、別の症状が現れることもあります。目の前の症状を抑えたり、顧客の要望する治療や対処を実行すれば、とりあえずサービスを提供したことになり、お礼と代金は貰えるかもしれません。しかし、再発を繰り返すようではいずれ満足度は下がっていきます。

 また、優秀なサービス提供者は必ず「根本原因」を探って解決することで顧客の期待以上の結果を提供するものなので、顧客の言う通りにサービスを提供していたのにスイッチされてしまうという事態もありえるのです。

なぜ○○が問題なのか?

 基本的なことですが、目の前の問題について必ず「なぜこれは問題なのか?」と探っていく作業を習慣にしてみてください。

  • 「なぜ新しいコピー機を欲しがっているのか?」
  • 「なぜ新しいシステムを入れたがっているのか?」
  • 「なぜこの媒体に広告を出したがっているのか?」

 この問いかけにより、よりインパクトの大きな問題発見につながるのです。

 マーケティングで有名なアメリカのハーバード大学のセオドア・レビット教授の有名な言葉に「顧客はドリルを欲しがっているのではなく、穴を必要としているのである」という言葉があります。ドリルが欲しいというのは「穴が必要である」という原因から発生した症状にすぎません。よってドリルを売ったとしても穴が上手く開けられなかったら意味がありません。また、穴さえ開けられればドリルをわざわざ買う必要はなく、保管に困るなどという副次的な問題も発生することはないのです。ここに気づけはドリル販売ではなく、ドリルのレンタルや出張サービスなどの解決策が生まれ、より満足度も高まるのです。

 このドリルの格言は1960年代の書籍に載っている言葉ですが、全く色褪せることはありません。むしろ、ここ数年重要になってきていると言えます。

 例えばシェアライドです。つまり顧客は車が欲しいのではなく、自由に移動できる手段が欲しいのです。また、SaaS(=Software as a Service、サース)も同様です。パッケージとしてのソフトウェアが欲しいのではなく、その中身であるサービスが必要なのです。「なぜ?」という深掘りによって「症状」から「根本原因」に至ることは、目の前の顧客の満足度を高めるだけでなく、新たなサービスを生み出すヒントも見つけ出すことになるのです。

 「『なぜ?』を5回繰り返せ」というトヨタ式など、色々なメソッドが溢れています。まずは回数や形にこだわらずに、「一歩立ち止まって手の届く範囲に根本原因はないかな?」と考える習慣をスタートとしてみましょう。

 また、ビジネスの現場では、目の前の顧客が「困っている!」と訴えている症状に対して「それは置いといて」と根本原因に迫るための問診をすることが難しい状況もあるでしょう。また、目の前の症状をどうにかしないと、資金繰りが行き詰まるなどの緊迫した状況もあり得ます。医療の現場で、「とりあえず対処療法で落ち着かせて、体力の回復を待って大手術」という方針はよくある状況です。

 目の前の顧客の声に耳を傾けて対応しつつ、同時に根本原因を探る作業を進められるようになることが「問題解決力」の高いビジネスマンへの道に繋がります。

 次回はこの「なぜ?」の繰り返しスキルを使って練習問題を出題します。

苅野進(かりの・しん) 子供向けロジカルシンキング指導の専門家
学習塾ロジム代表
経営コンサルタントを経て、小学生から高校生向けに論理的思考力を養成する学習塾ロジムを2004年に設立。探求型のオリジナルワークショップによって「上手に試行錯誤をする」「適切なコミュニケーションで周りを巻き込む」ことで問題を解決できる人材を育成し、指導者養成にも取り組んでいる。著書に「10歳でもわかる問題解決の授業」「考える力とは問題をシンプルにすることである」など。東京大学文学部卒。

【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら