ミラノの創作系男子たち

プラグマティズムを疾走する副業カメラマン ソーシャルメディアの寵児に

安西洋之
安西洋之

 カメラの心得はなかったし、特にアートに興味があったわけではない。たまたま、およそ10年前に親からのプレゼントでカメラを手にした。バカンスの最中に女の子をモデルに遊びとして撮影をはじめたら、またたく間にソーシャルメディアで注目されるに至った。

エマヌエレの撮影風景(C)EmanueleFerrari
エマヌエレ・フェラーリ(C)EmanueleFerrari

 今やウェブ上で世界的に影響力のあるカメラマンランキングの11位にもなった。イタリア人としては1位だった。フェイスブックのページは126万以上、インスタグラムはおよそ44万のフォロワーがいる。

 しかも、それは彼、4歳の息子をもつ43歳の父親であるエマヌエレ(エマニュエル)・フェラーリの副業だ。

 本業はソフトウェアのプログラマーである。イタリアのエネルギー企業・ENIの財団のイントラネットやウエブサイトの仕事をしている(前々回、紹介した「科学の伝道師」の同僚だ)。カメラマンとしての仕事は平日の夕方以降か週末である。たまに有給休暇をとって撮影することもあるが、基本、二足の草鞋の片方に影響しないように動いている。

 それでもサッカーのユベントスの大ファンとして、ホームゲームをスタジアムで必ず観戦する。冬の寒い日でも1人で身体が熱くなる。ユベントスのホームはトリノでミラノから100キロ以上はある。

 「なに、クルマでの往復時間を含めて4時間あれば大丈夫。信者が日曜日に教会に行くのと同じなのだよ。宗教のようなものだ。日曜の午前中に撮影をして、午後にトリノで試合をみて、夜に写真の整理をするとかね」とアクティブだ。

 チャンピオンズリーグで国外で開催される試合があるなら、それもなるべく出かける。エマヌエレのスケジュールの優先順位は、ユベントスの応援が筆頭にくるのである。二足の草鞋よりも上位にあるのだ。

 このように日々疾走する彼の人生は、「実現性あるそれなりに難しい目標をたて、如何に最短でそこに到達するか」とのプロセスを楽しむことである。

 そうしてゴルフもシングルプレーヤーになった。

 父親が米半導体メーカーのテキサスインスツルメンツに勤めていたので、子どもの頃からコンピューターの世界に浸りきっていた(サッカー少年でもあったが)。

 数学は得意だったが、歴史や国語には関心が向かないエマヌエレは、大学は経済学部に進む。在学中、ネット時代の幕開けと重なり、ENI財団の仕事をしているうちに正社員として採用されることになった。大学の試験はほぼ受けたが、卒業はしていない。

 とにかく独学でプログラマーになったのだ。そしておよそ10年のキャリアの次に、副業としての写真家になった。

 レディースファッションの世界がお金になると知っていた彼は、ある戦略をとった。ソーシャルメディア上でのフォロワーの数をもって、仕事のリクエストを待つ。そのためにプログラマーの彼はアルゴリズムを読み解き、メディアのポリシーには引っかからない程度に、自分が撮影したセクシーな姿の女性の写真をどんどんと投稿し続けたのだ。

 それと並行して、写真のサイトと紙の雑誌も作った。エマヌエレはあてもなく撮影したのではなく、何かの媒体のために撮影している、と人々に認知してもらうためだ。

 もちろん自分の作品だけだと自作自演と見られる。それで他人の写真も掲載する。そのうちに、「これを掲載してくれ」と数多(あまた)のフォトグラファーから依頼をうけるようになる。

 こうして媒体としてのステータスがつくられていった。

 このメディアは数年続け、エマヌエレへの仕事の依頼が「副業として」マックスになった時点で停止した。2~3カ月に1回の雑誌を20号は出した。

 「ぼくは、勉強してそれから何かをするタイプじゃないんだよ。もう走りながら、考えに考え抜く。スタートと継続のためにパッションが大切だが、もう一方、ロジックで戦略を練る」

 常に、膨大なファッション写真や女性の写真を分析し、何が受けるかの研究は怠らない。

 こう書いてくると、エマヌエレは撮影場所の選択から化粧やファッション、モデルの仕草まで細かいことを自分で決めるタイプだと想像するだろう。

 まったくの逆である。 

 「準備は、シンプルに限る。女の子にポーズなんか指示しない。彼女たちには、自分のやりたいように動いて、とお願いするだけだ。その一連の動きのなかで、ハッとする瞬間を切り取る」

 彼の写真でみる女性たちは、どれもとても自由な空気を醸し出している。技術が未熟なところで設計に気張っても仕方がなく、シンプルなことを最高に表現することを初期の目安にしたのだ。その写真がファッションメーカーの広告やカタログになる。

 一人の人間ができることなんて限られている。 

 「写真もすべてなんてカバーできない。風景やスポーツの撮影をするなら、カメラやレンズの種類も変えないといけない。ぼくはファッションにしか手を出さない」

 写真家として独立しないのだろうか。

 「目標にはかなり近づいてきたが、本業との調整が難しくなり、もう少し自分のフィーレベルがあがった時に考えるかもしれない」

 自宅でのんびりとすることが苦手な彼は、映画をみれば何日かかけて一本を見終え、本は細切れで読む。読書家とは縁遠い。多くのインプットを避け、少ない情報で多く深く考える。

 ソファに座るのはユベントスのアウェーのゲームをテレビで見るときだけだ。

 プラグマティズムの道を力強く歩むエマヌエレの目は野性的である。

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安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。

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