飲食店の売り上げは、営業時間が長いほど増える。だが、1日100食限定という京都の「佰食屋」の営業時間は長くても3時間半だ。なぜ店をすぐ閉めてしまうのか。代表の中村朱美さんは「私たちの目標は、本当においしいものを100食売り切って、早く帰ろう。たったそれだけ」という--。
※本稿は、中村朱美『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』(ライツ社)の一部を再編集したものです。
「100食限定ランチのみ」国産牛ステーキ丼専門店
夫婦で貯めたありったけの貯金500万円を使って、わたしたちの冒険は、はじまりました。2012年の冬、京都の観光地からは少し離れた住宅街で、一軒の飲食店をはじめたのです。
お店の名前は「佰食屋」。
ステーキ丼をはじめ、メニューは3つのみ。価格は1000円程度。「1日100食限定」で、売り切れたら店じまいです。おかげさまで、平日でも土日でも、たくさんのお客様にお越しいただいて、あっという間に売り切れます。よく、こんなことを言われます。
「昼だけじゃなくて、夜も営業したらいいのに」「せっかくだから500食くらいつくればいいのに」。
でも、1日で売るのは絶対に100食だけ。はじめから、そう決めていたのです。
「月に一度も残業がない」飲食店
佰食屋の看板メニュー、新鮮で上質な国産牛を特製のごはんにのせたステーキ丼は、わたしの夫の自慢のレシピでした。
自宅で初めて夫がつくったものを食べたとき、本当にビックリしたのです。「うわ、めっちゃおいしい!」と。言葉が見つからないまま黙々と食べつづけ、ハッ! と気づいたときには、もう器の中が半分になってしまっていて……「あぁ、もうすぐ食べ終わってしまう」と、さびしささえ覚えました。
死ぬ前にはこの一杯を食べたい。このステーキ丼を独り占めしてしまうのではなく、みんなにも食べてもらいたい--。
そうやってはじめた佰食屋は、「すき焼き専科」「肉寿司専科」と合わせて3店舗を構え、いまでは年商1億円を超え、従業員は30名を数えるほどになりました。そして、その全員が月に一度も残業することなく、退勤することができます。
わたしの名前は、中村朱美と言います。
京都生まれの京都育ち。生粋の京都人です。と言っても京都市の隣、亀岡市の出身なので、「亀岡は京都人とちゃう」と言われてしまいそうですが……!
佰食屋をはじめる前は、わたしも夫も、まったく別の業界で仕事をしていました。夫は不動産業、わたしは広報として専門学校に勤めており、学生時代も含めて、飲食店に勤めた経験はほとんどありませんでした。
インセンティブは「早く売れたら早く帰れる」
「飲食店」と聞くと、「勤務時間が長い」「土日は休めない」「ギリギリの人数でお店を回している」といった大変なイメージを持つ人は多いでしょう。わたしも、同じイメージでした。
飲食店が儲かるのは土日です。でも、従業員からすれば平日より、お客様がたくさん来られる土日のほうが大変です。それなのに、土日に働いたからといって給与が高くなるわけではないし、閉店間際にお客様が来られても、「また今日も帰る時間が遅くなる」としんどくなるだけ。
つまり、どれだけ頑張っても対価が得られにくいのです。
これって、おかしくないですか?
長時間労働は当たり前、慢性的な人手不足。でも、どうせやるなら、自分が嫌なことを従業員にはさせない会社をつくりたい。
会社員なら通常、セールスとしてたくさん売ればインセンティブがつきます。だから同じように、飲食店にもなにかインセンティブのような「頑張ったら頑張ったぶんだけ自分に返ってくる仕組み」をつくれないだろうか。
そこで決めたのが、「1日100食」という上限でした。1日に販売する数を決めて、「早く売り切ることができたら早く帰れる」となったら、みんな無理なく働けるのではないか、と思ったのです。
出した答えは「売上をギリギリまで減らそう」
「100食以上売ったら?」「夜も売ったほうが儲かるのでは?」。
そんなこと、何回も言われました。儲かるかどうかは別として、たしかに売上は上がるでしょう。
でも、ちょっと待ってください。そもそも、なぜ会社は売上増を目指さなくてはならないのでしょうか。従業員のため? 会社のため? 社会のため? 実際のところ、経営者が「自分のため」に売上増を目指している、というのが多くの場合の真実ではないでしょうか。
売上を増やして、自己資金を貯めておかないと、いざというときに不安。いつ景気が傾くかもわからないから、なるべく利益を確保しておこう……。そんな、自分の不安をかき消すために。
「業績至上主義」にわたしは違和感を抱きます。
100食以上売ったら、たくさん来られたお客様をずっとおもてなしし続けなければなりません。それでは、気持ちの余裕がなくなります。夜に営業したら勤務時間が長くなります。そのわりに、そこまで大きな儲けは得られません。
佰食屋は、お客様のことだけを大切にするのではありません。いちばん大切なのは、「従業員のみんな」です。仕事が終わって帰るとき、外が明るいと、それだけでなんだか嬉しい気持ちになりませんか? そんな気持ちを、従業員のみんなにも味わってほしい。
だから、佰食屋が出した答えは、「売上をギリギリまで減らそう」でした。
営業時間は3時間半、17時には従業員が帰る
朝の9時30分。ちらほらお客様が来られます。11時の開店なのに、どうしてそんなに早く?
答えは、佰食屋がお配りしている「整理券」です。京都へは国内のみならず、海外からもたくさんのお客様が来られます。観光客の方も「佰食屋のステーキ丼を食べたい」と、わざわざお店にいらっしゃるのです。
お客様の大切な時間を、並ぶために費やしてしまうのはもったいない。そんな思いから、佰食屋では整理券を配り、「〇時〇分までにお越しください」とご案内しています。すると、待っている間も有意義に過ごしていただくことができます。
11時に開店。整理券を持ったお客様が続々と来られます。店内はあっという間に満席となり、その後ずっと客足は途絶えません。
14時30分。最後のお客様が食べ終わるのを待つのみです。お客様をお見送りして、本日の営業は以上。あとは片づけをして、みんなでまかないを食べて帰るだけです。
17時。従業員が帰りはじめます。どんなに忙しいときでも、夕方18時までには退勤できます。佰食屋の目標は、とてもシンプルです。本当においしいものを100食売り切って、早く帰ろう。たったそれだけです。
「家族揃って晩ごはんを食べられる」会社
「従業員が働きやすい会社」と「会社として成り立つ経営」を両立させるには、どうしたらいいのでしょうか。
「どんなにすばらしい理念があったとしても、会社を存続させるためには、ビジネスをスケールさせ、利益を追求することが重要だ」。本音では、そう考える経営者は多いでしょう。「前年比を更新して、売上を増やしていこう」「そのためには、複数店舗を展開して、仕入コストを安くしていこう」。そう考えるのが、いわゆる一般的な経営者の仕事だと思います。
でもわたしは、その仕事を放棄しました。つまり、「売上増」や「多店舗展開」を捨てたのです。
むしろ、いまは、もう少し減らしてもいいのではないか、「3店舗で1億円ちょっと売り上げる」くらいがちょうどいいのではないか、と考えているくらいです。
会社の売上がどんなに伸びても、従業員が忙しくなって、働くことがしんどくなってしまったら、なんの意味もありません。しかも、業績が上向いたからといって、従業員にすぐ還元してくれる会社は、そう多くはありませんよね。
わたしも会社員時代、自分が成果を上げても、思うように給与は上がらず、「なんのために働いているのだろう」と心がすり減ることがありました。
利益を追求するより、わたしたち自身が「本当に働きたいと思える会社」をつくろう。佰食屋をはじめたとき、夫と二人でそう決めました。そして、本当に働きたいと思える会社の条件は、「家族みんなで揃って晩ごはんを食べられること」。
それが、わたしたちにとって大切なことだったのです。
中村朱美(なかむら・あけみ)
「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」代表
1984年、京都府生まれ。2012年に「1日100食限定」をコンセプトに「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」を開業。行列のできる超人気店にもかかわらず「どれだけ売れても1日100食限定」「営業わずか3時間半」「飲食店でも残業ゼロ」というビジネスモデルを実現。また、多様な人材の雇用を促進する取り組みが評価され「新・ダイバーシティ 経営企業100選」に選出。2019年に日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー大賞」を受賞。6月に初の著書『売上を、減らそう。』(ライツ社)を出版。
(「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」代表 中村 朱美)