高論卓説

甘い話だけではない副業解禁 「追い出し部屋」という負の側面も

 大企業による「副業解禁」が加速している。6月初旬、みずほフィナンシャルグループはグループ社員6万人を対象に今年度後半から副業・兼業を認める人事制度改革を明らかにした。関係者は「就職人気が落ち込んでいることへの焦りもある」と説明する。

 副業解禁には、自由度が低い職場とみられがちな銀行のイメージを払拭する狙いが込められているのである。具体的には、希望職種との兼職を可能にして1週間のうち数日は希望部署で働けるようにするほか、幹部人材を求めているベンチャー企業などを手伝えるようにするという。採用難に苦しむ他の銀行でも、みずほと同様の動きが広がっていくことになりそうだ。

 厚生労働省が働き方改革の一環として、副業解禁の指針を示したのが2018年1月のこと。それから1年強で、典型的な「お堅い業界」である銀行にも働き方改革の波が到達したわけである。

 政府が副業解禁を推し進める背景には、深刻な労働力不足がある。特に地方では人手不足が深刻だ。多くの地方企業は、大都市から供給される副業の労働力に期待している面がある。つまり、安倍政権の重要政策である「地方創生」にもリンクした政策といえる。

 企業サイドにも、大きなメリットがある。転職をしやすい環境になっている中で、有能な社員にいきなり会社を辞められては困る。副業を認める目的は、「社員をつなぎ留める環境をつくる」ことだ。

 しかし、副業解禁には真逆の狙いも込められている。それは「社員を辞めさせやすい環境をつくる」というものだ。経団連の中西宏明会長や、トヨタの豊田章男社長らが相次いで「終身雇用制度を維持することはもはや困難」と発言したことが話題になったが、これは「一つの会社に頼らず、セカンドキャリアを自ら開拓していってほしい」というメッセージだ。一つの会社への過度の忠誠心は不要ということである。

 つまり、副業解禁には、ある種の毒のようなものが含まれている。転職予備軍のあぶり出しである。某企業の人事責任者は「幹部候補生が副業を申請してきた場合、社業に専念するよう説得する場合が多い。それに対して出世コースから外れた社員が申請してきた場合には大歓迎」と本音を漏らす。この企業は採用ホームページで副業が認められていることを前面に打ち出しているのだが、本音と建前には乖離(かいり)があるようだ。しかも、多くの社員がそのことを知っているという。

 ここで思い出されるのが、リーマン・ショック後の業績悪化時にいくつかの大企業が設置した「追い出し部屋」だ。一つの部屋に押し込むことで心理的に追い込み自己都合退職を促す手法であり、これこそが終身雇用崩壊の号砲のようなものだった。副業をしている社員であれば、会社を辞めても何とか食っていける。うがった見方かもしれないが、会社は副業解禁を「マイルドな追い出し部屋」のようなものとして利用できてしまうのだ。

 だから副業解禁はダメと言っているのではない。強調したいのは、副業解禁は社員の自由を認めるという甘い話だけでは済まされない、ということだ。

【プロフィル】山田俊浩

 やまだ・としひろ 早大政経卒。東洋経済新報社に入り1995年から記者。週刊東洋経済の編集者、IT・ネット関連の記者を経て2013年にニュース編集長。東洋経済オンライン編集長を経て、19年1月から週刊東洋経済編集長。著書に『孫正義の将来』(東洋経済新報社)。