日本国際賞受賞者に聞く(上) 「らせん高分子」開発で製造技術を大きく発展

 

 「物質・材料、生産」分野 「らせん高分子」開発 医薬品製造に寄与 今年の日本国際賞(ジャパンプライズ)に名古屋大学の岡本佳男特別教授(78)ら2人が選ばれ、4月8日に都内で授賞式が行われた。受賞者それぞれの功績や横顔を紹介する。初回は「らせん高分子」の開発で医薬品などの製造技術を大きく発展させた岡本氏に聞いた。

 らせん高分子とは、小さな分子がひも状にたくさんつながった物質(高分子)の中でも、らせん階段のようにぐるぐると巻いた姿をしたもの。岡本氏は昭和54年、それまで困難だった安定的な合成に成功し、右巻きと左巻きの作り分けも可能にした。いずれも世界初の成果だ。

 「応用することを全く考えてはいなかった。基礎研究を続けてきた中で、予想外の結果に結びついた」

 実は新たな発見もあった。有用なものと不要なものが混ざった状態でしか化学合成できない物質から、有用なものだけを効率的により分けられるという特性だ。

 医薬品や香料になる物質を化学合成すると、成分や大きさ、重さが同じでも、右手と左手のように構造が反転した2種類の分子が混ざってできる。あたかも左右対称で鏡に映る姿から「鏡像異性体」とも呼ばれ、一方は薬の効き目があり、もう一方は副作用しかない場合もあるが、分離は難しかった。

 岡本氏は、らせん高分子が、これらの片方の分子と結び付いて識別する働きを確認。57年には分離装置を企業と共同で実用化した。カラムと呼ぶ円筒状の容器の内部にらせん高分子を充填(じゅうてん)し、2つに分けたい物質を流し込むと、時間を置いて別々に流れ落ちる仕組み。この技術は医薬品などの製造現場で大いに役立っている。

 中学、高校時代から理科が好きで「理科と数学は勉強しなくても点が取れたから」と笑うが、早くから化学の研究者を志した。「次から次へ、知りたい気持ちが募ってきた。子供の頃から自然に親しむ遊びの延長でもあり、研究が一種の知的ゲームでもあった」と、研究一筋の人生を振り返る。

 中国のハルビン工程大学でも特聘(へい)教授を務める。「中国は研究者、学生の数も日本の10倍はいるでしょう。科学技術の論文数でもあっという間に追い付き追い越していった。国の施策面での支援も大きい」と指摘する。

 世界中で海や河川の汚染が深刻化している微小な「マイクロプラスチック」の問題も憂慮し、高分子化学の専門家として「便利な世の中になってはいるけれど、環境負荷をどう減らしていくかを考えていかないといけません」と戒めている。(下は明日掲載します)

【用語解説】日本国際賞

 「国際社会への恩返しの意味で、日本にノーベル賞並みの世界的な賞を」との政府の構想に、賛同した松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏が私財を寄付して実現。昭和57年に運営主体の日本国際賞準備財団(現国際科学技術財団)が発足、60年に第1回授賞式を開催した。今年で35回を数え、日本国際賞受賞後にノーベル賞を受けた研究者も多数いる。毎年2つの授賞分野を選定し、各分野に賞金5000万円が贈られる。今年は「物質・材料、生産」分野で岡本氏、「生物生産、生態・環境」分野で米オハイオ州立大学のラタン・ラル特別栄誉教授(74)が選ばれた。