Fromモーニングピッチ

地球規模の課題解決に力 素材ベンチャーが大企業との連携で果たせる役割

 デロイトトーマツベンチャーサポート(DTVS)です。当社はベンチャー企業の支援を中心に事業を展開しており、木曜日の朝7時から「Morning Pitch(モーニングピッチ)」というイベントを開催しています。毎週5社のベンチャーが大企業の新規事業担当者や投資家らを前にプレゼンテーションを行うことで、イノベーションの創出につなげるのがねらいです。残念ながら新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のためオンライン開催となっていますが、いずれ会場(東京・大手町)でのライブ開催に戻す予定です。

 モーニングピッチでは毎回テーマを設定しており、それに沿ったベンチャーが登場します。ピッチで取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信する本連載。今回は素材です。

 大学発ベンチャーが牽引

 素材産業はセメントやガラス、化学、紙パルプ産業などで構成されており、衣食にとって必要最低限のものから安全や環境の快適性に至るまで領域は幅広く、経済成長に連動して成長する魅力があります。その一方で、景気変動を受けやすい業界でもあります。

 素材産業が生産するのは中間製品です。経済産業省の「素材産業におけるイノベーションの役割と期待」によると、製造業の市場規模に占める比率は18%で、出荷額に換算すると56兆円に達します。生産額に対する付加価値の規模は20兆円に上ります。

 素材ベンチャーの主要プレーヤーは、研究の成果に基づき発足したベンチャーと、共同研究型のベンチャーです。ここ数年は大学発ベンチャーが牽引役を担って増加傾向にあり、2019年の数は2566と、14年に比べて5割近い伸びを示しています。

 第2の死の谷に直面

 ただ、素材ベンチャーはバイオ・ヘルスケア系やIT系と異なって新規上場に至る事例はわずかです。

 ベンチャー経営では開発段階へと進んだプロジェクトが、事業化段階へ進めるかどうかの関門である死の谷に直面します。素材ベンチャーの場合、スケールアップを図る段階で、10億円程度の資金量を必要としながら、市場リスクといった観点から投資先として時期尚早と判断される“第2”の死の谷が存在します。結果としてサンプル供給を十分に行えず用途開発が遅れてしまい、成長が妨げられるケースが発生します。

 このため大企業やベンチャーキャピタル(VC)との連携によってアイデアの創出や社会実装、市場獲得といった課題に取り組むことが重要になってきます。

 自治体と組みマテリアルリサイクル推進

 炭酸カルシウムなどの無機物を50%以上含む複合素材「LIMEX(ライメックス)」を販売するTBMは、民間企業や神奈川県と組んで、廃プラスチックを新しい製品の原材料として使うマテリアルリサイクルに取り組んでいます。これによって資源循環スキームを構築し、全国的なマテリアルリサイクルにつなげていきます。植物由来の糖類を主原料とした構造たんぱく質素材を開発するSpiberは、米国の穀物メジャーと提携し米国で量産を行います。繊維や樹脂、フィルムなどさまざまな形態に加工され、アパレル素材や自動車の部品など多様な用途での活用が見込まれています。

 今回は最先端の素材技術を売り物とする5社のスタートアップを紹介します。

 世界初の透明断熱材

 ティエムファクトリ(東京都港区)は京都大学との共同研究で開発した世界初の透明断熱材「SUFA」を提供しています。柔らかく軽量なため、家や自動車の窓など透明な部分に断熱材を適用することが可能になります。また、断熱材としての省エネ機能だけではなく、エネルギーを生み出す「創エネ」用途での展開も検討しています。具体的には光を通すが熱を通さないという特性を生かし、二酸化炭素(CO2)を排出せずに100~200度といった高温の熱を作り出せる太陽光パネルの事業化を計画しています。工場の熱源に活用したいとのニーズもあります。パウダー状にして樹脂や繊維と複合化し、ブランケット素材の代替としても活用できます。

 金属空気電池向けの触媒

 クリーンエネルギーとして注目されている燃料電池は水素と酸素の反応で電気を作りますが、酸素還元触媒にはレアメタルの白金を必要とします。AZUL ENERGY(アジュールエナジー、仙台市青葉区)は、レアメタルを含まず白金に比べ大幅にコストを削減できるAZUL触媒を開発、提供しています。同触媒は、塗料などに用いられる青色顔料技術を応用して開発しました。水素の代わりに金属を活用する「金属空気電池」は、空気中の酸素を使って発電するため、将来的にはドローンや電気自動車(EV)など、高出力で高容量なバッテリーとして活用されることが期待されています。この分野での展開も視野に入れています。

 水晶に比べ電力消費は10分の1

 スマートフォンは電波を使って音声や情報を送受信します。この電波の基となる基準信号を正確に作り出しているのが水晶デバイスで、自動車やAV機器にも搭載されています。東北大学と共同して開発した新圧電材料に基づき、水晶に代わるタイミングデバイスを開発したのがPiezo Studio(仙台市青葉区)です。水晶では実現できなかった高速発信起動と低消費電力化を同時に実現できる点が特徴で、これまでの5分の1から10分の1レベルまで電力消費を削減できます。次世代5Gでは高速化と消費電力の抑制が課題で、こうしたニーズに合った商品です。

 量子人材の育成や発掘

 QunaSys(キュナシス、東京都文京区)のコア事業は共同研究と、量子コンピューター上で手軽に既存手法との比較を行える独自ソフト「Qamuy」の開発、提供です。共同研究では化学業界の先端プレーヤーと、量子コンピューター上で重要物性値を計算するためのアルゴリズムを開発しています。世界に先駆けて考案したアルゴリズムは論文発表も行っています。量子人材の育成や発掘に取り組むため、コミュニティの運営も行っています。化学や素材、電機メーカーなど40以上の企業が加入しています。

 低エネルギーでガスを分離、貯蔵 

 名古屋大発ベンチャーのSyncMOF(シンクモフ、名古屋市千種区)は、ゼオライトや活性炭に代わる材料で、ナノメートルサイズの細孔を持つ結晶性の固体「MOF」を提供しています。低エネルギーでガスの分離や貯蔵を行え、各企業の要望に応じたMOFを選定し、装置の設計・作成までの全工程をサポートします。2019年の設立ながらすでに70社以上との取引があります。多くはモビリティ業界との協業ですが、排気ガスから特定ガス成分を分離・捕捉し室内空間の快適化や曇り止めなど、多様な協業ニーズがあります。

 温暖化対策をはじめとした地球規模の課題を解決するためには、素材ベンチャーの技術・アイデアが重要な役割を果たすだけに、大企業や自治体との連携の加速が求められます。また、研究成果の製品化には一定の資金と時間を必要とするため、VCとの協力も大事です。

名古屋大学法学部卒。新卒で2013年に神鋼商事入社。大手鉄鋼メーカー向け原料調達・貿易業務を担当。2016年EYアドバイザリーアンドコンサルティングに入社し、日系企業の海外進出、事業戦略の策定、海外調査業務などを支援。2019年デロイトトーマツベンチャーサポート入社(現職)。大企業のアクセラプログラムや新規事業、ベンチャーとの協業を支援。素材領域を担当。

【Fromモーニングピッチ】では、ベンチャー企業の支援を中心に事業を展開するデロイト トーマツ ベンチャーサポート(DTVS)が開催するベンチャー企業のピッチイベント「Morning Pitch(モーニングピッチ)」が取り上げる注目のテーマから、日本のイノベーションに資する情報をお届けします。アーカイブはこちら