Fromモーニングピッチ

デジタル時代の人事戦略に不可欠 HR系ベンチャーが優秀な人材を育成

篠原佑太郎

 デロイトトーマツベンチャーサポート(DTVS)です。当社はベンチャー企業の支援を中心に事業を展開しており、木曜日の朝7時から「Morning Pitch(モーニングピッチ)」というイベントを開催しています。毎週5社のベンチャーが大企業の新規事業担当者や投資家らを前にプレゼンテーションを行うことで、イノベーションの創出につなげるのがねらいです。残念ながら新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のためオンライン開催となっていますが、いずれ会場(東京・大手町)でのライブ開催に戻す予定です。

 モーニングピッチでは毎回テーマを設定しており、それに沿ったベンチャーが登場します。ピッチで取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信する本連載。今回は人事・人材開発の「HR」です。

 HRテクノロジー市場は順調に拡大

 日本の生産年齢人口は今後大きく減少する見通しで、HRへの注目度は一段と高まることでしょう。ただ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大によってHRを取り巻く環境は悪化しています。厚生労働省によると右肩上がりで推移していた有効求人倍率が2020年は1.18と、前年に比べ0.42ポイントも低下したからです。

 こうした中でも、HRテクノロジー市場は順調に拡大するとみられています。シードプランニング社では2023年の市場規模を、2020年比で64%増の2504億円と予測しています。COVID-19によってリモート化や効率化を目指す動きが活発になり、HR領域の在り方も変化している点が市場拡大の要因といえるでしょう。

 領域の在り方に変化

 例えば採用の場合、アウトソーシングや副業を活用して人材の流動を促したり、場所にとらわれない採用が増えたりしています。管理を行うに当たっては紙がベースにあり手作業も多かったのですが、ペーパーレス化と自動化が進み、デジタルデバイスによってどこからでもアクセスできる仕組みに変わっていくものと思われます。

 人材管理に関してはこれまで「やっている感」や雰囲気での人事評価、対面での教育研修が主流でしたが、測定可能な指標に基づいた人事評価やオンラインでの教育研修に変わっていくことでしょう。組織ではエンゲージメントの可視化とオンライン上でのコミュニケーション施策をいかに強化できるかが、注目ポイントです。

 こうした動きを踏まえ今回は(1)従業員のクリティカルスキル(業務遂行能力)とコンピテンシー(行動特性)(2)従業員のウェルビーイング(3)非対面時代の社内コミュニケーション-という3つのトレンドについて紹介します。

 コロナで行動特性に不透明感

 まず従業員のクリティカルスキルとコンピテンシーです。ガートナー社がHRリーダーを対象にした調査によると、COVID-19の影響を受けてこれらを懸念する意見が目立っています。

 高いスキルを持ち合わせた優秀な人材であるハイパフォーマーには、冷静さや分析思考といった共通の行動特性があると思いますが、これまではリアルなコミュニケーションが評価軸となっていました。しかしCOVID-19によって行動特性が見えなくなり、どのような形で能力開発を行うべきなのかという点がポイントとなっているわけです。

 このためクリティカルスキルやコンピテンシーを可視化するためのサービスが誕生しています。マイダスアイティジャパンは、AI面接とゲームを組み合わせた世界初の「AIコンピテンシー検査」を開始しました。

 ウェルビーイングを重視

 COVID-19を契機に自身の働き方を見直す潮流が顕在化したことによって注目度が高まっている領域は、身体・精神・社会的に良好な状態を指すウェルビーイングです。

 従業員のウェルビーイングを重視することはワークライフバランスの向上や優秀な人材の獲得などにつながります。米国のVirgin Pulse(ヴァージン・パルス)社はウエアラブルデバイスやアプリなどのテクノロジーを活用して、従業員データに基づいたプログラムを提供しています。具体的には従業員同士でお互いの進捗を確認できるソーシャル機能や、運動度合いに応じてポイントを獲得できるようにするなど、継続的に利用できるサービスにした点が特徴です。

 ビデオ会議の顔や声をAIで分析

 非対面時代のコミュニケーションとしては、社内SNSやビジネスチャット、タスク・プロジェクト管理などコミュニケーションツールの導入が加速する中、ビデオ会議での顔や声の映像・音声情報をAIで分析するツールが、これまで見えなかったコミュニケーションを定量的に可視化するという理由で注目を集めています。

 経営データの連携が課題

 最後にHR領域の課題について検証します。人事業務の部分ごとに行われる工程の自動化やデータ収集の大半の部分は対応できるようになりました。今後は戦略人事の実現に向けて、HRだけではない経営データとの連携基盤の構築、分析が重要になってくるでしょう。

こうした動きを踏まえ今回はCOVID-19を追い風に業績が好調に推移している5社を紹介します。

 ゲームで経営視点を学ぶ

 経営に不可欠な視点を体感で学ぶボードゲーム型ビジネス研修サービス「Marketing Town」を提供しているのがNEXERA(東京都渋谷区)です。受講者が仮想の街の経営者となり、営業利益の最大化を目指します。例えば財務分野では、貸借対照表や損益計算書をゲーム内で完成させるなど、実務に即した内容を学べます。また、講義内容はゲームと紐づいており、講義によるインプットとゲームによるアウトプットの繰り返しを通じ、高い学習効果を目指します。

 オンラインのイベントスペース

 Bizibl Technologies(大阪市北区)は、貸会議室などに代わる次世代のオンラインイベントスペース「Bizibl」を提供しています。画面はイベントごとに最適化しており、登壇者と参加者の明確な違いや、うなずきや笑いをリアルタイムで判別できる機能を導入したほか、投票やアンケートを通じ能動的に参加できるようにしました。業務の円滑化を実現するため、オンライン上で告知や開催、振り返りを可能にします。

 客観データで心理状態を解析

 Boulder(東京都港区)は従業員の心理状態を客観的行動データから容易に読み解くプラットフォーム「Well」を提供しています。主観的だった従業員の就業アンケートからではなく、Slackなどの社内コミュニケーションツールから得られる客観的データに基づき、従業員のコンディションを解析し「仕事にやりがいを感じ熱中して取り組めているか」などを可視化します。将来的にはメンタルの不調や離職予測についても一目で分かるようにします。

 リファレンス特化のSNS

 リファレンス(推薦)チェックに特化したビジネスSNSを展開しているのがParame(パラミー、東京都新宿区)です。企業が採用の際に、その候補者をよく知る前職の上司などへ面接だけでは把握できない候補者の性格や業務中のエピソードを、オンラインで質問できるサービスです。これによって人材のミスマッチなどの課題を解決します。推薦状のデータは候補者のアカウントへ蓄積され、信用補完としての再活用が可能です。

 仕事と介護の両立を支援

 リクシス(東京都港区)は、仕事と介護の両立を支援するクラウド「LCAT」を提供しています。従業員が介護にかかわるリスクを調査して、個々のリスクを低減させるラーニングコンテンツを自動的に届けるシステムで、診断結果は管理画面のダッシュボードを通じ確認できます。LCATを2年継続した企業では、「介護をしながら今の仕事は続けられないと思う」と回答した従業員の数が3分の1になるなど効果が表れています。

 これから本格化するデジタル時代では優秀な人材の確保に加え、従業員にやりがいのある仕事や満足度が高い職場環境を提供する、戦略人事をサポートするサービスの需要が高まるでしょう。HR系ベンチャーの活躍の場は広がるとみられます。

大手人材会社にてベンチャー企業の採用支援に携わった後、2016年よりデロイトトーマツベンチャーサポートに参画。全国40以上の自治体のベンチャー政策の立案実行支援に関わり、地方ベンチャーの事業拡大支援、首都圏ベンチャーの地方進出を支援。また、HR領域ベンチャーに関する知見・ネットワークを有しており、スタートアップ向けのHR支援も得意とする。2019年より名古屋オフィスにて東海エリアを担当。

【Fromモーニングピッチ】では、ベンチャー企業の支援を中心に事業を展開するデロイト トーマツ ベンチャーサポート(DTVS)が開催するベンチャー企業のピッチイベント「Morning Pitch(モーニングピッチ)」が取り上げる注目のテーマから、日本のイノベーションに資する情報をお届けします。アーカイブはこちら