デロイトトーマツベンチャーサポート(DTVS)です。当社はベンチャー企業の支援を中心に事業を展開しており、木曜日の朝7時から「Morning Pitch(モーニングピッチ)」というイベントを開催しています。毎週5社のベンチャーが大企業の新規事業担当者や投資家らを前にプレゼンテーションを行うことで、イノベーションの創出につなげるのがねらいです。残念ながら新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のためオンライン開催となっていますが、いずれ会場(東京・大手町)でのライブ開催に戻す予定です。
モーニングピッチでは毎回テーマを設定しており、それに沿ったベンチャーが登場します。ピッチで取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信する本連載。今回は「行政DX(デジタルトランスフォーメーション)推進」で、テーマ概観を説明するのはイノベーションプロデュース事業部政策提言チームの西村晋です。スタートアップを中心とした政策提言活動にかかわっています。
スタートアップの機動性がカギ
DTVSはCOVID-19による緊急事態宣言を受けて、4月に資金繰りに不安を抱えるスタートアップを対象とした支援策の提言を行いました。活動は成果として表れ、5月に公表された第2次補正予算案では、資本性劣後ローンや官民ファンドの投資によるスタートアップ向けの資金供給が明記されました。
また、9月に発足した菅義偉内閣では、デジタル庁の創設が表明されました。このため平井卓也内閣府特命担当大臣に向けて「行政サービスがDXを推進するに当たっては、スタートアップの機動性を積極的に活用する必要がある」との政策提言を行いました。
続きまして、行政DXをめぐる世界と日本の動きについて紹介します。
電子政府ランキングは世界14位
2020年7月に公表された世界電子政府ランキングでは、日本は前回(2018年)の10位から4つ順位を下げて14位に後退しました。点数は高くなったのですが、エストニアやオーストラリアなど電子化が急速に進んだ国が多く、追い抜かされてしまった格好です。
2回連続して1位を獲得したのはデンマークです。認証、コミュニケーション、金銭、取引、医療記録といった幅広い分野で行政のデジタル化は進んでいるのですが、内容としては決して目新しいものはありません。デジタル化が当たり前のように国民全体に浸透し、適切な運用が行われているというデジタルリテラシーの高さが日本との相違点だと理解しています。
COVID-19で課題が浮き彫り
一方、日本ではCOVID-19への対応で、さまざまな問題が浮き彫りになりました。例えば経済・生活面ではオンライン手続きの不備によってサプライチェーンの一部断絶や物資不足といった問題が顕在化しました。また、全国的な学校の臨時休業ではオンライン教育に必要な基盤の脆弱性が露呈したほか、医療現場はFAXを使った陽性者報告で混乱しました。
行政のデジタル化は夜明け前
こうした問題を踏まえ日本政府は喫緊に取り組むべき課題として(1)デジタル社会のパスポートとなるマイナンバーカードのさらなる活用(2)迅速な給付の実現(3)臨時措置として取り入れたテレワーク、学校・医療などのオンライン化の定着・拡充(4)国と地方を通じたデジタル基盤の構築-という4点を掲げています。
政府は「国民が望んでいるサービスを実現して、デジタル化の利便性を実感できる社会を創っていきたい」といった考えを示しています。行政のデジタル化はまさしく夜明け前という段階にあるでしょう。
行政DXに関するスタートアップとの協業については、データベースの部分は国が管理するものの、アプリケーションの部分に関してはデジタルに強みを持つスタートアップに開放することで、行政サービスの品質向上が見込めるのではないかと考えています。
政府の直接発注は1%未満
DTVSはスタートアップ308社に対しアンケートを実施しました。その結果、95%が「官公庁・地方自治体に対する自社サービスの提供によって、品質向上を実現する」と回答しました。デジタル領域に強みを持つスタートアップを活用することによって行政サービスの改善につながると感じていることが読み取れました。しかし、実際は創業10年未満の新規中小企業者を対象とした政府の直接発注の割合は、全体の1%にも達していません。
スタートアップ向けのアンケートによると行政手続きのDX化を進めるに当たって壁となっている上位項目は「手続きが煩雑」「実績主義」「入札要件」「必要な情報にアクセスできていない」などです。スタートアップの力を行政に活用するためには、これらを打破することが必要です。
スタートアップサービスも徐々に活用
こうした中、スタートアップによるサービスが行政でも徐々に活用され始めています。経済産業省はクラウド型名刺管理サービスを導入しているほか、大阪府泉大津市は高齢者向け非対面型のコミュニケーションツールとして動画・写真共有サービスに着目し、適切な行政情報を届けるための実証実験を開始しています。
一連のサービスの共通点は、行政を意識して始めたのではなく民間向けにスタートしたものが良質なので、結果として行政に採用されたことです。
行政に寄与するDX関連のベンチャーは「既存の行政手続きのデジタル化・効率化支援」「公共機関・インフラ整備」「国民・地域住民とのコミュニケーション」「個人情報保護・サイバーセキュリティ」「DX人材の育成・採用」という5つの領域の支援に携わっており、今回は領域ごとに5つの会社を紹介します。
デジタル身分証アプリ
TRUSTDOCK(東京都千代田区)はデジタル身分証アプリを提供しています。マイナンバーカードの公的個人認証と、電子的に本人確認手続きを行うeKYCの双方に対応しており、運転免許証などの身分証以外では、携帯電話の契約情報や銀行口座を介した本人確認が可能です。また、行政側の本人確認手続きに要するコストを削減するため、関係省庁などと連携し、ガイドラインの策定などに携わっています。
最短60秒でリスク情報を配信
JX通信社(東京都千代田区)が提供しているのは、ビッグデータに基づくリスクセンサー「FASTALERT」です。災害や事故、風評被害、炎上など大きな損害につながる可能性が高いリスク情報をいち早く察知します。常に監視しているSNSや独自アプリなどから自社に関連するリスク情報だけを入手することができ、リスクが起きてから配信に至るまでの時間は最短60秒で、損害を最小限に食い止めることができます。
DX化を推進する行政とマッチング
AtCoder(東京都新宿区)は「与えられた問題をどれだけ早く解けるか」を競うプログラミングコンテストを開催しており、世界中から毎週1万人のプログラマーが参加しています。これに基づき、参加している学生プログラマーとDX化を推進する行政や企業とをマッチング。企業によるプログラミングコンテストの開催を支援し、人工知能(AI)やDX人材の確保につなげています。
Webサイトの修正点を明確化
Webサイト・サービスの脆弱性を確認し、修正点を明確化するクラウドサービスを開始したのがエーアイセキュリティラボ(東京都江東区)です。「簡単かつ高度な診断」を可能にした点が売り物で、サイトを開いて診断対象のURLやログイン用ID、パスワードを設定しておけば5秒で診断を開始します。画面キャプチャーと平易な日本語を組み合わせることで、分かりやすく診断結果を説明します。
ドラレコ活用の道路点検AI
東大研究室のメンバーが母体となって設立したアーバンエックステクノロジーズ(東京都目黒区)が提供しているのは、ドライブレコーダーやスマートフォンを活用して動く、道路点検AIです。小さな穴に至るまで損傷を見つけたら外部クラウドに保存される仕組みで、蓄積されたデータ量は250万をこえています。データはAIによって解析しさまざまな都市問題を解決、スマートシティの実現につなげていきます。
デジタル庁の創設は政府の看板政策。縦割り行政による業務の非効率性を改善するためにもDX関連ベンチャーの活躍に期待が高まります。
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