Fromモーニングピッチ

テクノロジーで教育イノベーション エドテック系ベンチャーが未来を育む

永石和恵

 デロイトトーマツベンチャーサポート(DTVS)です。当社はベンチャー企業の支援を中心に事業を展開しており、木曜日の朝7時から「Morning Pitch(モーニングピッチ)」というイベントを開催しています。毎週5社のベンチャーが大企業の新規事業担当者や投資家らを前にプレゼンテーションを行うことで、イノベーションの創出につなげるのがねらいです。残念ながら新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のためオンライン開催となっていますが、いずれ会場(東京・大手町)でのライブ開催に戻す予定です。

 モーニングピッチでは毎回テーマを設定しており、それに沿ったベンチャーが登場します。ピッチで取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信する本連載。今回はEducation(教育)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせた「EdTech(エドテック)」で、テーマ概観を説明するのはモーニングピッチの運営統括を担当する永石和恵です。ベンチャー企業で10年間にわたり、主に人事関連のキャリアを積み重ね、人材教育や就職活動の課題意識を持ち、EdTech分野でさまざまな仕事に携わってきました。

習熟度が高いオンライン学習

 9月に開催された世界経済フォーラムでは「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大が教育を変えた」とし、オンライン学習の有用性と、この変化が今後も続く可能性が示唆されました。世界を見渡すと多くの学生が学校閉鎖により教室を離れていますが、米国の大学の研究者によると「内容について覚えることができる量」は対面学習が8~10%だったのに対しオンライン学習は25~60%というデータもあります。

 インプット型の教育というのはオンラインで代替できるというのが、COVID-19で明らかになってきました。これは一過性のものではありません。オンライン学習は次世代型の学びのスタイルであり、市場規模は順調に拡大するとみられています。

COVID-19で増える教育投資

 DTVSがモーニングピッチの会員(大企業、ベンチャーキャピタル、金融機関)を対象に実施したアンケート結果も、こうした傾向を裏付けています。「COVID-19によって、今後どのような領域で投資が増加するか」という問いに対しては、教育が8位にランクインしたからです。

 国内のeラーニング市場もユーザー数の着実な増加や提供サービスの多様化を背景に拡大し続けており、矢野経済研究所が4月に実施した調査によると2020年度は前年度比4.5%増の2460億円になる見通しです。

要求されるスキルは変化

 米国の著名な学者はニューヨークタイムズ紙のインタビューで「2011年度に米国の小学校に入学した子供たちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」と語り、その内容は波紋を広げました。これからの社会は予測が難しく、既存の学習モデルでは対応が難しくなってくることを示唆したからです。

 グローバルビジネスという観点からも必要とされているスキルは変化を遂げています。世界最大級のビジネス特化型SNSを提供するLinkedInの「The Skills Companies Need Most in 2020」によると、企業が最も求めるソフトスキルはクリエイティビティ、ハードスキルはブロックチェーンでした。

EdTechで多様な学び

 教育イノベーションが必要な理由としては産業構造の変化と人員不足、地域や収入などの環境格差だと思っています。ただ、こうした課題に対処するには、教育現場の経験やリソースだけでの対応では追いつきません。EdTechを活用していくことが教育イノベーションのカギとなります。

 これによって、非効率であったり物理的に難しかったりしたことが効率的に行えるようになり、多様な学びが可能になります。具体的な効果は(1)場所を問わずに学べるオンライン・モバイル学習の普及促進(2)学習データ管理の効率・個別最適化(3)双方向コミュニケ-ションの活発化により、社会体験の幅が拡大(4)エンタメ要素を加えたゲーミフィケーションなど学習体験の高度化-などです。

相次ぐ大手企業のM&A

 大手企業によるM&A(企業の合併・買収)事例も相次いでいます。例えば小学館はAI型タブレット教材を提供するCOMPASSを傘下に収めましたし、エディオンは子供向けプログラミング教室を展開する「夢見る」を買収しました。

 こうした変化に対応する形で、公教育の現場も変わりつつあります。義務教育を受ける児童生徒を対象にしたGIGAスクール構想では、COVID-19の影響で当初計画を3年前倒しし、2020年度中に1人1台の端末を整備する予定です。また、プログラミング教育が必修となるなど、次世代スキルやテックスキルや思考力・想像力を育むような教育に国としてもシフトしています。

産学連携も加速

 経済産業省も令和時代の教育改革として「未来の教室」を発表し、EdTech事業者を中心に産学連携も加速させています。ステイホーム期間には大人向けのオンライン学習ニーズも増え、教養やビジネススキル、プログラミング、フィットネスなど幅広い分野で新たなコンテンツが誕生しています。

 大手企業とベンチャーの協業事例を紹介します。KDDIはオンライン学習コミュニティのSchoo(スクー)と提携、遠隔教育を活用した地方創生の推進や5Gをはじめとする先端技術を用いた教育プラットフォームの開発を進めています。プログラミングキャンプを展開するライフイズテックは、ディズニーの世界観を楽しみながらプログラミングをオンラインで学べる「テクノロジア魔法学校」を共同で開発、提供しています。

 今回はEdTechベンチャーの中から5社を紹介します。

民間から“複業”先生

 LX DESIGN(東京都千代田区)は日本の教育に多様性をもたらすため、「複業先生」というサービスを提供しています。民間やフリーランス人材を対象に複業で先生の仕事をしたい人が、希望する地域・曜日・時間帯を選び探すことができるプラットフォームです。すでに世界37カ国から300人以上の社会人が登録しています。ITやグローバル、企業など学校の教員ではカバーできない分野の先生が目立っています。

SNSで学習状況を共有化

 学習者にとって重要なことはモチベーションを維持することです。しかし、既存の教育サービスの大半は学習コンテンツを提供するもので、勉強のモチベーション維持をメーンとしたサービスは存在していませんでした。これに着目したのがスタディプラス(東京都千代田区)で、自身の学習記録を可視化でき仲間とSNSで学習状況を共有化できる「StudyPlus」を提供しており、大学受験生の2人に1人以上が利用しています。

オンラインコーチング&フィットネス

 オンラインフィットネスへのニーズは一時期よりは落ち着いてきています。こうした中、YouTubeを見ながら毎日ちょっとずつ宅トレするという新しい生活習慣が生まれつつあり、Boot home(東京都渋谷区)はそこに着眼しました。オンライン型のコーチングとフィットネスの両方を提供しており、毎日チャットで取り組んだことを報告させることによって、会員のエンゲージメントを上げ、習慣化の手助けをしています。

記憶の定着を手助け

 モノグサ(東京都千代田区)は記憶のプラットフォームを展開しています。AIが学習者の得意・不得意を分析する仕組みで、一人ひとりに最適な出題を繰り返して記憶の定着を助けます。その学習履歴と記憶度を可視化し指導者と共有すれば、学習内容に関する効率的なコミュニケーションも可能になります。リリースから2年が経過し、学習塾向けの有力なICTツールとして知られ、導入教室数は2500を誇ります。

AIがカメラワークを自動編集

 COVID-19によってオンライン授業が広がっています。しかし、慣れない動画撮影や編集を担当する教育現場の負担感は重みを増す一方です。こうした教員の声を踏まえSPLYZA(浜松市中区)が開発したのが「Lecta(レクタ)」です。講義する教員の前に三脚などを配置して動画を撮影するだけで、レクタのAIが教員の動きを中心としたカメラワークを自動編集してくれるため、現場の負担感は大幅に軽減します。

 政府はデジタル改革の推進とオンライン教育の拡充に力を入れており、EdTech系ベンチャーの注目度は高まりそうです。

学生時代からITベンチャー企業へ参画、その後大手ネット広告代理店と2社で計10年の人事キャリア。1社目のベンチャーでは、上場前メンバーとして人事採用チームの立ち上げを経験、上場後にHR領域マネジメントと経営企画IR業務を担当。2016年より現職で、スタートアップ個別支援や、イノベーションエコシステム構築に従事。ベンチャーと大企業の協業マッチングプラットフォームMorning Pitchの運営統括。EdTechベンチャー支援や自治体向け教育イノベーション事業アドバイザリーも行う。

【Fromモーニングピッチ】では、ベンチャー企業の支援を中心に事業を展開するデロイト トーマツ ベンチャーサポート(DTVS)が開催するベンチャー企業のピッチイベント「Morning Pitch(モーニングピッチ)」が取り上げる注目のテーマから、日本のイノベーションに資する情報をお届けします。アーカイブはこちら