デロイトトーマツベンチャーサポート(DTVS)です。当社はベンチャー企業の支援を中心に事業を展開しており、木曜日の朝7時から「Morning Pitch(モーニングピッチ)」というイベントを開催しています。毎週5社のベンチャーが大企業の新規事業担当者や投資家らを前にプレゼンテーションを行うことで、イノベーションの創出につなげるのがねらいです。残念ながら新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のためオンライン開催となっていますが、いずれ会場(東京・大手町)でのライブ開催に戻す予定です。
モーニングピッチでは毎回テーマを設定しており、それに沿ったベンチャーが登場します。ピッチで取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信する本連載。今回は「ポップカルチャー」で、テーマ概観を説明するのは谷本真一です。福岡県の北九州市役所から出向しており、九州最大級のポップカルチャーイベントや海外でのアニメツーリズムのプロモーションなどに携わってきた経験を踏まえ、テーマリーダーを務めることになりました。
海外での市場規模は5年で倍増
ポップカルチャーには明確な定義がありませんが、クールジャパンを代表するコンテンツで、アニメや漫画、ゲームなど手軽に楽しめ親しみやすい領域のことを指します。
政府の推進するクールジャパン戦略は日本のファンになる外国人を増やすことを目的とし、ポップカルチャーの市場は大きく躍進しています。2018年の日本コンテンツの海外での市場規模は1兆7600億円で、2013年に比べるとわずか5年で倍増しました。中でもアニメの伸びは著しく、約3.6倍の1兆円となりました。
こうした数値を裏付けるように国内外ではポップカルチャーをテーマにしたイベントが多数開催されており、米国の「Anime Expo」は4日間で30万人以上を集客し、名古屋の「世界コスプレサミット」には40カ国・地域からコスプレーヤーが参加し、来場者数は約30万人に達します。今年はCOVID-19でイベントは軒並みオンライン開催になっていますが、それでも多くのファンが楽しみに参加しています。
多くの課題を抱える制作現場
ポップカルチャーは世界に誇る文化でありますが、制作の現場に目を向けると課題が残ります。アニメの制作本数は大幅に増えていますが、実際の作り手の数は不足しており、とくに若手のアニメーターは拘束時間が長いものの収入が少ないというのが現状です。これから業界をさらに発展させていくためには、やりがいを持って働ける環境や安定的な収入を得るという仕組みに変えていくことが必要だと認識しています。
COVID-19対策も喫緊の課題です。テレビ放送が延期になるといった事態がこの春に続出し、キッズ・ファミリー向け作品のうち6割超が延期になりました。海外に依頼していた作画工程が滞り、密を避けるためにアフレコができないといった事情によるところが大きかったです。感染収束が見えない中、制作現場でもwithコロナに対応していくことが必要だと思います。
ポップカルチャー業界の可能性を広げるという観点だと、他分野・領域との協業が重要になってきます。
デジタル化への対応を支援
こうした課題を解決するための新たな取り組みを紹介します。時間がかかる動画編集や加工などの大変な作業を人工知能(AI)に任せ、クリエイターはよりクリエイティブな業務に専念できるサービスが提供されています。
クリエイターの収入の確保については、これまでとは異なる形で収益を計上し還元する動きが進んでいます。そのひとつが、公開終了後の原画などをファンに販売し、売り上げの一部を制作会社や版権元に還元するサービスです。また、デジタル化への対応を支援するため、漫画家が権利を持つ漫画作品を電子書籍化し、取次を介して国内最大150の電子ストアへ配信。収益を漫画家に最大で80%還元するとともに、確定申告の代行作業も行うというサービスも登場しています。
VR空間の同人誌即売会に10万人
COVID-19への対応としては、誰でも素早く簡単にアニメ制作が行えるようにした、次世代アニメ制作ツールが注目されています。VR(仮想現実)空間上に自由にキャラクターやカメラマンを配置し、それらのアバターの中に入って演技をすることにより、フルリモートでアニメーションを制作するサービスです。
VR空間上で開催された同人誌即売会では、4日間で国内外から10万人以上が来場しました。リアルイベントとは異なり3密を回避できるのはもちろんのことですが、交通費や待ち時間が発生せず、インターネット環境さえあれば、世界中どこからでも参加でき、真夏のイベントにもかかわらず熱中症も発生しないという画期的なイベントでした。
他分野との協業という観点からは新たな動きも出ています。集英社は従来の漫画ビジネスにとらわれない斬新な事業アイデアを持つスタートアップとともに、新事業を生み出す共創プログラムを立ち上げています。今回はテクノロジーを活用して業界の発展や課題解決に取り組むスタートアップ5社を紹介します。
世界のアニメファンにキャラクターグッズ
Tokyo Otaku Mode(東京都千代田区)は日本中のキャラクターグッズを世界に届ける越境eコマース事業を展開しており、グッズ流通のほか、世界中のアニメファンに向けてメディアの最新情報を発信したり、グッズのプロデュースを手掛けたりしています。この事業から切り分ける形で今年から始めたのが、「セカイロジ」事業です。これまでに培った国際配送ノウハウに基づき、130以上の国への配送が可能です。
0.1秒で有名画家の絵柄に
ラディウス・ファイブ(東京都新宿区)は4K・8Kテレビの普及によって高解像度のコンテンツが求められることに対応、AI技術を活用したソリューションを提供しています。動画についてはアニメだけでなく実写映像やゲームなど幅広い領域、高解像度化が可能。静止画向けサービスでは、写真をピカソやゴッホなど有名画家の画風に変換できるほか、0.1秒でキャラクターを生成できる機能も取り入れています。
イラストを特典付きのデジタルアートに
イラストや中間制作物の多くは、一度商品化された時点で眠ってしまい遊休資産となっています。Anique(アニーク、東京都渋谷区)はこうした状況を「もったいない」と考え、制作物を特典付きのデジタルアートでファンに提供する仕組みを実現しました。また、COVID-19対策の一環として、オンライン上でアート作品を鑑賞できる展示会を開催し、入場料による新たなマネタイズを図っていきます。
漫画の翻訳システム
世界中の漫画ファンに、リアルタイムで多言語配信が可能な翻訳システムを提供しているのがMantra(マントラ、東京都足立区)です。漫画の制作・配信事業者を対象にした法人向けクラウドサービスで、漫画の画像を画面上にドラッグアンドドロップすれば自動的に翻訳され、その後、細かい部分を人の手によって修正する仕組みです。従来に比べ約半分の時間で翻訳版を完成することができます。
1万2000人のクリエイター抱える
フーモア(東京都中央区)は得意領域が異なる1万2000人ものクリエイターのネットワークを構築しており、分業体制を導入しイラスト・漫画を活用したゲームキャラクターなどの制作事業を展開しています。文章だけの情報よりも絵と言葉で伝える漫画の方が記憶に残りやすく、同社のサービスで制作された漫画は、企業のコンテンツや配信メール、IRなどに使われ高い効果を上げています。
日本発ポップカルチャーに対する世界の評価は高いだけに、テック系を中心としたスタートアップの活躍の場は、ますます広がると思われます。
【Fromモーニングピッチ】では、ベンチャー企業の支援を中心に事業を展開するデロイト トーマツ ベンチャーサポート(DTVS)が開催するベンチャー企業のピッチイベント「Morning Pitch(モーニングピッチ)」が取り上げる注目のテーマから、日本のイノベーションに資する情報をお届けします。アーカイブはこちら