Fromモーニングピッチ

大都市集中リスクで地方創生も変革期 ベンチャーに求められる新産業創出

大谷一夫

 デロイトトーマツベンチャーサポート(DTVS)です。当社はベンチャー企業の支援を中心に事業を展開しており、木曜日の朝7時から「Morning Pitch(モーニングピッチ)」というイベントを開催しています。毎週5社のベンチャーが大企業の新規事業担当者や投資家らを前にプレゼンテーションを行うことで、イノベーションの創出につなげるのがねらいです。残念ながら新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のためオンライン開催となっていますが、いずれ会場(東京・大手町)でのライブ開催に戻す予定です。

 モーニングピッチでは毎回テーマを設定しており、それに沿ったベンチャーが登場します。ピッチで取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信する本連載。今回はCOVID-19によって大都市集中のリスクが指摘される中、脚光を浴びている「地方創生」です。テーマ概観を説明するのは、これまで全国10カ所の地方自治体でスタートアップ支援などの企画に携わってきました、地域ユニットの大谷一夫です。

 キーワードは「依存」

 地方創生を巡る大きな節目は2014年でした。5月の日本創生会議で「2040年までにおよそ半分の自治体が消滅する可能性がある」という内容の「増田レポート」が発表されたからです。これを契機に安倍晋三政権は地方創生を重点課題に掲げ、15年度から19年度にかけて約5兆円の地方創生関連予算が計上されております。

 ただ、東京への転入人口の超過が加速していて、地方創生は、全体的にトーンダウンしているような印象を受けます。そこには構造的課題があるように思います。キーワードは「依存」で、そのひとつが“外部経済”依存です。

 経済の観点から見ると観光と地域商社、ふるさと納税が地方創生の目玉事業でしたが、地域内で循環経済や経済基盤づくりを進めるという取り組みは限られていたように思います。産業の領域では“横並び施策”依存がネックになりました。確かに他地域での成功事例を取り入れる動きは活発でしたが、自分の地域でどのような新産業を生み出せばよいのか、という発想が乏しかったのではないでしょうか。

 2020年は地方の構造改革元年

 ところがCOVID-19 によって環境は大きく変わり、20年は地方の構造改革元年と言っても過言ではありません。各地域で完結する経済圏はローカル経済と呼ばれ、日本のGDP(国内総生産)の7割を占めると言われていますが、それが大打撃を受けるというシナリオと、デジタルインフラの普及に伴う都市機能の地方への分散という2つのシナリオが同時に進行しているからです。

 地方創生もまさに変革期へ突入しつつあり、キーワードも依存から「自立」に代わろうとしています。地方創生にかかわるスタートアップには、主導役のイノベーターを集めて域内の経済基盤を作り、新産業の創出を推進するといった役割が求められるようになるでしょう。

 域内の経済基盤づくり

 経済面での自立の事例が、ふるさと納税総合サイトを運営するトラストバンクの「chica(チーカ)」です。自治体向けの地域通貨プラットフォームサービスで、高齢者が使用しやすいようにカードタイプを用意しているほか、ボランティアや健康イベントへの参加によってポイントがもらえる機能を付加するなど、地域内の幅広い世帯・用途で活用できるように設計しています。

 chaintopeは、ブロックチェーンで管理されたデジタル証券「STO」を活用した新たな地域通貨を提唱しています。地域内だけで流通する現在の仕組みを、外部からSTOによって調達可能にすることで拡張性を持たせています。こういったシステムが出来上がれば、地域通貨が地域の大きな原資となることでしょう。

 スタートアップが地域未来を創造

 産業の自立という観点からは山形県鶴岡市の事例を紹介しましょう。かつては農業に依存した消滅可能性都市と言われていましたが、産業政策の転換に着手して慶應義塾大学先端生命科学研究所を誘致した結果、6社のベンチャーが誕生しました。代表的な企業が、人工たんぱく質素材の開発で知られるSpiber(スパイバー)です。資金調達額は累計で300億円近くに達しており、山形の地域経済に大きなインパクトを与えています。同社からスピンアウトする形で設立されたヤマガタデザインというベンチャーは、地方銀行などから30億円以上の資金を集めて先進的なホテルや児童施設の建設に携わり、地域の景観を大きく変えました。スタートアップが新たな地域産業と地域の未来を創造するというこうした動きは「鶴岡の奇跡」と言われておりますが、今後他の地域でも顕在化すると思っています。

 地方は新たなマーケット

 大企業にとっても地方創生に関わる意義は大きくなってきます。これまではCSR(企業の社会的責任)や研究開発といった領域で関わる傾向が強くありましたが、これからは働き方改革という観点が重要になってくるでしょう。リモートワークやワーケーションなど場所を問わない働き方を提唱する必要があるからです。地域課題を解決するソリューションをスタートアップと協業して地域で実証し、新しい事業モデルを構築する動きも盛んになると考えております。

 また、スーパーシティ法など政府による大規模な政策などを踏まえ、地方を新たなマーケットとしてとらえ、ビジネス基盤を整備することも求められています。今回は自立をテーマに、「集める」や「稼ぐ」といった領域で注目のスタートアップ5社を紹介します。

 空き家を活用した多拠点生活

 都市か地方ではなく「都市と地方に暮らす時代へ」をコンセプトに掲げ、空き家を有効活用した多拠点生活を提供するのがアドレス(東京都千代田区)です。月額4万円で全国どこでも住み放題を実現します。また、多拠点生活には移動手段が必要となるためANAと提携し、月額3万円で2往復できる仕組みを導入しています。JR東日本などとも提携しているほか、車移動についても協業できる企業を募集しています。

 残額なしで有効利用できる電子チケット

 電子チケット方式を用いた、支払いを肩代わりするキャッシュレス決済サービス「commoney(コモニー)」を提供するのがコモニー(福岡市博多区)です。電子チケットをプレゼントした場合、一定金額以上を利用しなければ残金が運営会社側に渡ってしまうことがありますが、このサービスでは実際の利用額だけが引き落とされます。ふるさと納税の返礼品としても活用できます。

 食品製造のマッチング

 キリンホールディングスの社内ベンチャーであるLeapsIn(リープスイン、東京都中野区)は食品製造のマッチングサービス事業を展開しており、食品を作りたいメーカーと空き稼働を解消したい工場を結び付けます。昨年だけで20の量産プロジェクトに携わりました。パートナーは、展示会などに足を運んで探していましたが、サービスを活用すればオンライン上で対応できるため、営業の効率性は大幅に向上します。

 地域課題を解決する人的プラットフォーム

 理想の地域社会の具現化を目指し、自治体や大企業との間でワーケーションや人材開発などの協業を実施しているのがNext Commons Lab(東京都渋谷区)です。自治体からの委託を受けた上で専門コーディネーターを派遣し、その地域の資源や課題を可視化し、事業を立ち上げる人材をマッチングしています。すでに13地域で90のプロジェクトを推進しています。

 AIで熟達者の技能を伝承

 伝統工芸や製造現場で問題となっているのは、熟達者と後継者の不足による技能継承です。こうした現状を踏まえLIGHTz(茨城県つくば市)は、技能継承を人工知能(AI)によって実現できるプラットフォームを開発、提供しています。熟達者の思考をネットワークで可視化、AIに落とし込んで、自治体などとの連携を進めていきます。現在、製造業とスポーツをはじめ、農業、教育の4分野で進められています。

 COVID-19が契機となり、自治体が自発的に取り組む動きが顕在化しているため、地方創生型スタートアップの活躍の場が広がることを期待しております。

大学院卒業後、大手総合商社での海外事業立ち上げ業務、デロイト トーマツ コンサルティングでの自動車業界向け経営コンサルティング業務を経験。2017年9月にデロイト トーマツ ベンチャーサポート入社後、地域ユニットリーダーとして、つくば・愛知・沖縄等の地域における創業支援事業の立案・実行に一環として関わる。

【Fromモーニングピッチ】では、ベンチャー企業の支援を中心に事業を展開するデロイト トーマツ ベンチャーサポート(DTVS)が開催するベンチャー企業のピッチイベント「Morning Pitch(モーニングピッチ)」が取り上げる注目のテーマから、日本のイノベーションに資する情報をお届けします。アーカイブはこちら