生まれはイタリア北西部のヴェネト州ヴェローナだ。父親は心理学者で、母親は中学の先生という教育一家で育つ。
「学校の勉強は大好きだったわ」と話すステッラは、昼に学校から戻ると午後は英語、水泳、スケートとさまざまなことに打ち込む活発な女の子だ。そして高校3年生の時、米国中部の学校に1年間留学する。
「実践的であることや、世の中にはあまり堅苦しくないやり方があることを知った」彼女がイタリアに戻った際、驚いたのは4年生になった同級生の変わりようだった。
「男の子たちはタバコを吸い、仲良しだった女の子たちは髪を染めてお洒落になっていたわけよ。自分だけが別世界にいたのだと痛感させられた」と当時を思い出す。
そのまま高校5年を終えて卒業するまで、同級生にはそのまま何か違和感を抱きつつ過ごした。ヴェローナの大学で法律を学び、前述したようにドイツでも生活した彼女は、国境を越えたネットワークにじょじょに軸足を置くようになっていた。
法学部に行ったのは将来の職業選択肢が広いだろうとの期待からだったが、まさしくその通りだった。大学卒業後、弁護士見習いとしてさまざまな案件に接するなかで偶然、知財に絡む案件があり、「これは!」と心が動いた。こうしてステッラの道を決まった。
幸運なことに、ミラノ工科大学修士コースで知財を専門に学べる機会があり、しかも、そのときに中国の知財法に関する調査プロジェクトで中国にも滞在した。
「私が心からやりたいと思ったことを選べたので、とっても満足」と話す。