田中秀臣の超経済学

“河野首相”と“雨宮日銀総裁”が招く停滞 最低保障年金に驚愕した2つの理由

田中秀臣
田中秀臣

■露骨な「財務省の影」

 残念ながら、今回の総裁選でもこの構造改革主義を唱える候補がいる。河野氏と野田氏だろう。野田氏には申し訳ないが、総裁=首相になる見込みはないので割愛させていただく。河野氏は全額税方式の最低保障年金創設構想を提起した。正直、この提案には驚いた。

 驚いた理由は、一つは全額税方式の背景に、露骨なほど財務省の影がみえることだ。構造改革主義の司令塔や実行部隊が、財務省であることは素朴に観察してもわかることだろう。財務省の好む消費増税路線に完全にはまっている発想だ。討論の場で岸田氏が「財源が消費税なら経済そのものに打撃を与える」とけん制したのは正しい。反緊縮政策では高市氏ばかりクローズアップされるが、岸田氏もかなり変化したな、という印象だ。

 驚いた第二の点は、全額税方式の最低保障年金創設構想というものを、小泉政権の時に熱心に主張していた人物を改めて思い出すからだ。不良債権問題に対応するために竹中平蔵金融・経済財政担当相(当時)がリードした、金融分野緊急対応戦略プロジェクトチームの一員だった木村剛氏だ。木村氏は、河野氏と同じ全額税方式の最低保障年金創設構想(に加えて旧来の年金制度からの脱退権)を提起していた。

 筆者はこの木村氏の提案を、旧著『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)の中で詳細に批判した。もちろん木村氏は今回の総裁選にはまったく関係ない。単に河野氏の提案との類似を指摘しただけである。河野氏が、小泉政権の骨格であった構造改革中心主義(20世紀型の誤った経済思想)の継承者であることは、こんな点にも表れているのかもしれない。

 現在のインフレ目標が堅持されるかぎり、誰が総裁になってもマクロ経済政策は変わらないという意見もある。だが、これはあまりにも楽観的だろう。例えば、そのインフレ目標を採用している日本銀行は、2023年春に総裁・副総裁人事を行う。その前の22年春には、リフレ派の片岡剛士委員の交代時期も来る。

 ここでガッツのある反緊縮派の日銀首脳が選出されず、例えば安倍政権前までは頻繁に行われていた「たすきがけ人事」で、財務省出身の黒田東彦総裁から日銀プロパーの総裁が生まれるとしたら最悪である。なぜなら、ほぼ「日銀プロパー」=緊縮だからである。

 その代表者は現在の副総裁の雨宮正佳氏だ。仮に“雨宮総裁”になれば、その瞬間に日本の反緊縮政策の可能性は潰えるだろう。そうならないためには政策委員、そして正副総裁人事で、新政権が責任をもってきちんと反緊縮スタンスの人材をあてがわなければならない。

 仮に河野氏が総裁=首相になった時に、財政政策での緊縮スタンスだけではなく、金融政策でも緊縮スタンスの可能性がでてくることが否定できない。そもそも河野氏はマクロ経済政策に関心がない。空洞の人である。その空洞を反緊縮政策で埋めないかぎり、日本はいつまでも前世紀で停滞したままになる。

田中秀臣(たなか・ひでとみ)
田中秀臣(たなか・ひでとみ) 上武大ビジネス情報学部教授、経済学者
昭和36年生まれ。早稲田大大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)、『AKB48の経済学』(朝日新聞出版)など。近著に『脱GHQ史観の経済学』(PHP新書)。

【田中秀臣の超経済学】は経済学者・田中秀臣氏が経済の話題を面白く、分かりやすく伝える連載です。アーカイブはこちら

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