台湾有事の邦人保護 先島島民避難と二正面 与那国など戦域の恐れ
台湾海峡をめぐる軍事的緊張が高まっているのに伴い、在台湾の邦人保護に向けた準備が急務となっている。政府内ではこれまで、朝鮮半島情勢の緊張が高まった際の韓国からの非戦闘員退避活動(NEO)について、さまざまなシミュレーションが行われてきた。ただ、台湾有事と朝鮮半島有事はNEOを実施する前提が異なり、新たな課題が浮かび上がってくる。
外務省によると、令和2年10月1日時点の在台邦人数は2万4552人。在韓邦人4万500人と比べて1万6千人ほど少ない。
しかし、与那国島(沖縄県与那国町)は台湾から東にわずか110キロの距離に位置し、同島などで構成される先島諸島は台湾有事の戦域に含まれるおそれがある。その場合、自衛隊に「国民保護等派遣」を命じ、先島諸島の人口約10万人を沖縄本島や九州などに避難させることも考えられる。自衛隊にとっては台湾からのNEOとの「二正面」となり、その規模は朝鮮半島有事を大きく上回ることも想定される。
自衛隊法84条は在外邦人の保護措置について規定しており、自衛隊は「当該外国の同意」を前提として海外で邦人保護活動ができる。日本に友好的な台湾当局が拒否する可能性は低いとみられるものの、運用面の課題は多い。
在留邦人の人口が最大の台北市内には松山空港があるが、同空港は軍民共用だ。有事の指揮拠点となる総統府や国防部(国防省に相当)に近く、台湾有事が迫る緊迫した状態で、滑走路1本の同空港の追加的な使用を外国の部隊に認めるかは分からない。
その場合、台北に近い北西部の桃園国際空港の使用が考えられるが、邦人の集合場所や移動手段の確保が課題になる。船舶での退避の場合、台北港と並んで選択肢に挙がる北部・基隆港も軍民共用のため、利用が制限される可能性がある。
いずれの場合でも、台湾の北部地域は防衛作戦の重要拠点となり、自衛隊の自由な行動が保障されるかは不透明だ。外交関係がない日台間には防衛当局間の交流がなく、こうした詳細を事前に調整するルートが確立していないのが現状だ。
NEOは本格的な戦闘が始まる前に行うのが望ましい。実際に戦闘が激化すれば、邦人はシェルターなどに退避して救出を待つ可能性が高い。一方、中国政府は台湾を「不可分の領土」とみなしており、日本政府も「一つの中国」を尊重するとの立場を維持している。中国政府の同意なく自衛隊を台湾に投入すれば、中国側に「日本が事態をエスカレートさせた」との口実を与えかねない。(大橋拓史、田中靖人)