「人種差別主義者」と攻撃されていたトランプ氏だが… 容易ではない「一つの米国」
【バイデンの米国】(下)
米中西部ミネソタ州で今年5月、黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警官に首を圧迫されて死亡した事件を受けて抗議デモが全米に拡大したことで、今回の大統領選では人種問題が主な争点となった。
CNNテレビが11月7日午前、民主党のバイデン前副大統領(77)の当選確実を伝えたスタジオで、黒人男性コメンテーター、バン・ジョーンズ氏(52)は涙を流し、声を詰まらせながらこう語った。
「ジョージ・フロイドだけではない。(トランプ政権下で)多くの人が『息ができない』というふうに感じていた。私たちはこれで平和を手に入れ、再出発できる。敗者には申し訳ないが、今日は良い日だ」
ジョーンズ氏のコメントに、SNS(交流サイト)では共感の書き込みが殺到した。抗議デモに厳しく当たったトランプ氏と対照的に、人種差別の解消に取り組むと主張してきたバイデン氏の勝利に、黒人らマイノリティー(人種的少数派)の有権者は歓喜し、安堵(あんど)した。
バイデン氏は7日夜、地元の東部デラウェア州での勝利宣言で黒人社会に言及し、「選挙活動がどん底だった時に、私のために立ち上がってくれた」と謝意を示した。政権移行のため設けたサイトでは、来年1月20日の就任初日から取り組む最優先施策の一つに人種差別問題を掲げ、教育や就業の機会平等に加え、拘束時の首絞め禁止など警察改革を進める方針を示した。
だが、CNNテレビの出口調査をみると、民主党は今回、マイノリティー社会に十分に浸透したとはいえない。抗議デモ対応や厳しい移民政策をめぐり、バイデン氏から「人種差別主義者」と攻撃されてきたトランプ氏が、黒人、ヒスパニック(中南米系)で、前回よりも支持を伸ばしたことが明らかになったのだ。
出口調査によると、2016年の前回大統領選でトランプ氏に投票した黒人は8%だったが今回は12%。ヒスパニックは28%から32%に増加した。バイデン氏への支持はいずれも前回の民主党候補、クリントン元国務長官より低下した。
背景には、新型コロナウイルス禍で先行き不安が広がる中、人種などアイデンティティーに関わる問題以外が重視された側面があるとみられる。米人権団体が選挙前に実施した世論調査で候補に最も期待する政策を黒人層に尋ねたところ、55%が新型コロナ、37%が人種問題と答えた。
黒人やヒスパニックは、日常的に受けられる医療サービスや就労環境の違いなどから、白人よりも感染率や感染後の死亡率が高い。人種間の所得格差も広がり、経済格差解消の具体策を求める声も大きい。
トランプ氏に投票したという東部ペンシルベニア州の黒人男性(65)は、「トランプ氏を人種差別主義者だとは思わない。仕事ができるトランプ氏の方が、(上院議員や副大統領としての)成果がないバイデン氏よりも経済政策に期待できる」と話した。
カリフォルニア州立大ロサンゼルス校のジャミー・レガラド名誉教授は、黒人、ヒスパニックのうち男性の有権者で特にトランプ氏の支持率が増えたとして、次のように語る。
「あらゆる政策において、タフな指導者を求める傾向は男性に強く、人種にかかわらず、トランプ氏への支持増加につながったのだろう」
トランプ氏は、不法移民の流入を防ぐためメキシコ国境への「壁」建設を進め、黒人らの抗議デモ拡大にも「法と秩序」を守るとの姿勢を貫いた。
大統領選では「反トランプ」が、バイデン氏ら中道穏健派と、警察解体など過激な主張をする急進左派という民主党内の2つの路線を結び付けたが、トランプ氏の退場後はそうはいかない。新型コロナの感染収束という人種を超えた期待に応える必要もある。「一つの米国のため尽くす」と宣言したバイデン氏のかじ取りは容易ではない。(ニューヨーク 上塚真由)