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【論風】一橋大学名誉教授・石弘光 秒読みに入った消費税増税

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【論風】一橋大学名誉教授・石弘光 秒読みに入った消費税増税

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 ■97年トラウマ、杞憂にすぎず

 4月から消費税率が8%に引き上げられることから、景気への悪影響が心配されている。国会審議などを見ていると、前回、1997年度に実施した3%から5%への消費税率引き上げによる増税により日本経済が失速したとしきりに議論されている。

 消費税の議論は、過去の歴代の内閣が多々苦汁をなめた経緯もあり政治的トラウマと化しているといえる。今日なお、このトラウマ現象が尾を引き政治的には過剰な反応が多いと思う。

 ◆税収中立のスキーム

 97年4月の消費税率引き上げは橋本龍太郎内閣によって行われたものだが、しかしそれは3年前に村山富市内閣によって決定された増減税一体処理のスキームによるものであった。

 つまり94年9月に税制改革関係法案として提示され、まず景気刺激のために所得税などを減税し、3年後のその減税財源の確保のために消費税率を引き上げ、この間はつなぎ国債の発行で賄うとするパッケージが組まれていた。その増減税は4.8兆円と戦後最大の規模で、おのおの同額で税収中立となっていた。

 当時も、この消費税が増税されることによるデフレ効果は懸念されていた。しかしながら、税率引き上げ前の四半期別実質国内総生産(GDP)は、95、96年の間、連続してかなりの伸びを示し、景気は底堅く増税は反対もなく予定通りに実施された。

 ◆国民負担9兆円

 97年4月に税率引き上げが実施された後、4~6月期の民間最終消費支出は3.5%下落しているが、これは増税前の消費のいわゆる駆け込み需要の反動であり、7~9月期には消費は持ち直しプラスに転じている。同様に実質GDPの成長率も、4~6月期に一旦マイナス0.8%まで下落したが、その後、2四半期上昇を示している。消費税率引き上げの悪影響は、半年間で一応対応できたかのように見える。

 ところが97年秋以降、翌98年にかけ、すべての経済指標がマイナスとなり、完全にデフレ不況の様相に転じた。これがすべて4月の消費税率引き上げだとするのが、ここでいうトラウマ現象である。

 しかしながら、その判断はあまりに短絡的であろう。このような状況を作り出した要因の一つとして、消費税率2%の引き上げに伴う約5兆円だけが国民への負担増でなかったという事実がある。これ以外にも、所得税減税のうち特別減税分の2兆円の中止、さらに9月から実施された社会保険料の2兆円増が重なり、国民負担増は9兆円規模になったことが挙げられる。

 ◆アジア危機と金融危機

 しかし、もっと重要な要因が国内外に、2つあった。一つは7月以降、タイ、インドネシア、韓国などの通貨問題を背景にしたアジアの経済危機であった。もう一つは、秋以降、国内に大型の金融機関の連続倒産が発生したことである。北海道拓殖銀行、山一証券、三洋証券などが経営破綻により、相次いで姿を消すことになった。97年秋以降の日本経済の落ち込みは、9兆円の国民負担増もあろうが、私自身はこのような経済混乱の方がはるかに大きかったと思っている。少なくとも、消費税増税のみに一方的に責任を負わせるのは不公平であろう。

 97年度の消費税率引き上げに伴い起きたこのようなデフレ効果は、今回はあまり心配することはないと思われる。その最大の理由は、97年当時、バブル崩壊後、日本経済の回復の足を引っ張り続けてきた不良債権問題が今日すっかり解消され、金融システムは安定しているからである。

 現在公表されている景気見通しもその大半が、税率引き上げ直後の4~6月期には成長はマイナスに落ち込むが、7~9期以降はプラスに転じるとみているのは、このためであろう。

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【プロフィル】石弘光

 いし・ひろみつ 1961年一橋大経卒。その後大学院を経て、講師、助教授、教授、学長。専攻は財政学。経済学博士。現在、一橋大学ならびに中国人民大学名誉教授。放送大学学長、政府税制調査会会長などを歴任。76歳。東京都出身。

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