ニュースカテゴリ:政策・市況海外情勢
“検閲破り”で究極の奇策 「アイアンマン3」は中国に媚びすぎ?!
更新
ハリウッド初の中国版が作られた「アイアンマン3」(C) 2013 MVLFFLLC. TM & (C) 2013 Marvel. All Rights Reserved.
いやはや、時代は変わったものです。記者が大好きなハリウッドのSFヒーロー・アクション大作「アイアンマン」(2008年)。米巨大軍需企業のスカした社長で天才発明家の主人公が、中東アフガニスタンで最新型の武器のデモンストレーションを行っている最中、テロリストに拉致(らち)されてしまいます。
テロリストは彼に「米を壊滅させるような武器を作れ」と命じますが、彼は、あり合わせの材料でこっそり、自分が超人になれるパワード・スーツを作ります。アイアンマンの誕生です。
超人的なパワーで、自分を拉致した、どう見てもCNNなどで見かける国際テロ組織アルカーイダのテロリストにしか見えない連中を、腕から放射する火炎で片っ端から焼き殺すアイアンマンに「やっぱりハリウッド映画はこうでなくてはいかん!」と妙に感心したものです。
無論、この作品は大ヒット。続編「アイアンマン2」(10年)では、主人公の父親(この軍需企業の創業者)を逆恨みするロシアの不遇な科学者が自分もパワード・スーツを作り、主人公に戦いを挑みますが、こてんぱんにやっつけられてしまいます。
今頃になって冷戦時代を蒸し返し、映画で決着を付けようとするのもハリウッドらしいなと変に納得したものです。
しかし、4月26日から日本で先行公開される「アイアンマン3」には違った意味で驚かされました。米ハリウッドのニュースサイト、デッドライン・ドットコム(3月29日付)によると、この作品、何と通常版と中国版の計2種類作ったというのです。無論、ハリウッド初の試みです。
この作品、米国と中国では5月3日から公開されますが、中国版は昨年12月、北京で撮影が行われ、中国の人気若手女優ファン・ビンビン(范冰冰)が登場するなど、中国市場に強く配慮した作風になっているといいます。
なぜこんなことになったかというと、全世界の映画市場における中国市場での重要性がぐんぐん高まっているからです。
ロイター通信などによると、米映画協会(MPAA)が先月21日に発表した昨年の全世界での映画興行収入では、中国が前年比36%増の27億ドル(約2700億円)を記録。遂に日本を抜き、世界2位となりました。
ハリウッドにとって中国はもはや無視できないどころか、最も重要な市場となっているのです。
そして、いろいろ調べていくと、さらに驚くべき事が分かりました。昨年4月16日付米紙ロサンゼルス・タイムズ(電子版)によると、何とこの作品、米ウォルト・ディズニー傘下のマーベル・スタジオと、中国の映画製作会社、DMGエンタテインメント(本社・北京)による共同製作だったのです。こんな直球ど真ん中の米国のヒーローもののアクション大作のシリーズ第3弾が“米中合作作品”だったとは…。
ちなみに、ハリウッドが、わざわざ中国版を最初から別に作った例は今回が初めてですが、中国市場に配慮して内容を変えたのは、この作品が初めてではありません。
今年3月29日付ロサンゼルス・タイムズ(電子版)などによると、昨秋公開されたハリウッドのSFタイムトラベルスリラー『LOOPER/ルーパー』(2012年)も、DMGが出資者だった関係で、主要な舞台がフランスから上海に変更され、中国の人気女優シュイ・チンが未来の主人公の妻を演じました。
さらに中国版では上海の場面をさらに追加するなど中国の観客に配慮した結果、中国で空前の大ヒットを記録しました。
当初はこの作品、中国でのオープニング週末興行収入が、本国である米国のそれを上回ったと複数の欧米メディアが報じました。ハリウッド映画のオープニング週末興収で、海外が本国を超えた例は過去になかったこともあり、大騒ぎになったのですが、数日後、中国側が、中国元と米ドルをごっちゃにして計算したことで生じた間違いだと判明。中国の映画業界にとってはぬか喜びとなりましたが、それほど高い人気を集めていたのです。
こういう状況下では「アイアンマン3」が“米中合作作品”になるのも致し方ない気がしますが、実は今回の米中合作にはもうひとつ、ハリウッドにとって重要な目的があるのです。
本コラムでも以前、ご紹介させていただきましたが、中国では、国内の映画産業を保護するため、海外の映画には事前検閲を実施し、当局に批判的だったり中国をネガティブにとらえた作品は上映させません。
そして多くのハリウッド映画が大きな“被害”を被っています。昨年公開の「メン・イン・ブラック3」では、中国版だけ、エイリアンがニューヨークの中華料理店の店員に化ける場面がしっかりカット。
今年1月に公開された人気スパイ映画「007 スカイフォール」でも、一部の場面が丸ごとカットされたり、中国語の字幕が本来の意味と異なる内容に変更されていました。話の筋がめちゃくちゃです。
さらに、今年の米アカデミー賞で脚本賞を受賞した「ジャンゴ 繋(つな)がれざる者」は、事前検閲で血の色を赤から黒に変えたり、血しぶきの量を減らすなど特殊処理を施して公開にこぎ着けたにも関わらず、公開日の11日に上映開始からわずか1分で上映禁止になりました。もはや意味が分かりません。
しかしこの「アイアンマン3」、何と当局の検閲をスルーできるというのです。理由は簡単。“米中合作作品”なので、外国映画とみなされず、中国側にとっては検閲の必要がないのです。
ちなみにロサンゼルス・タイムズ紙によると、もともと広告会社だったDMGは創業19年の新興企業ですが、中国建国60周年と中国共産党の創設90周年を記念したプロパガンダ映画の製作援助や宣伝を担当したことで、中国の国営映画製作・配給会社「中国電影集団」と太いパイプを築き、大きな発展を遂げました。
つまり「中国電影集団」と深く関わるDMGが製作者に名を連ねる「アイアンマン3」は検閲を受けないどころか、中国政府の後ろ盾まで得て、中国全土でじゃんじゃん公開されるというわけです。公開から1分で上映禁止となった「ジャンゴ」とは天地の差です。
今回の「アイアンマン3」、中国市場への本格進出を狙うハリウッドが編み出した“検閲破り”のための究極の奇策ともいえそうですが、個人的には中国に媚びを売り過ぎだと思います。こんなことばかりしていては、今後、ハリウッドはますます中国に頭が上がらなくなるでしょう…。(岡田敏一)
【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部などを経て現在、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。