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深刻なサケ不漁 伝統脅かされる先住民 カナダ ユーコン川

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深刻なサケ不漁 伝統脅かされる先住民 カナダ ユーコン川

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 【世界川物語】

 午後9時半、オレンジ色に変わった太陽がようやく山の稜線に沈もうとしていた。冬にはオーロラが輝くカナダ北西部ユーコン準州だが、夏は日が長い。上流域でも幅が約5キロもあるユーコン川の水面は静まり返り、先住民デニス・スミス(65)がボートをこぐ音だけが響く。

 「浮きが沈んでいる。掛かってるぞ」。スミスが数時間前に仕掛けた網をたぐると、体長80センチほどのサケが暴れた。日本ではマスノスケとも呼ばれるキングサーモンだ。産卵期を迎えた体が美しい紅色に染まっている。ただこの日、網に掛かったのは1匹だけだった。

 回復の兆し見えず

 「若いころには、一度に10匹以上掛かることも珍しくなかった」。スミスが肩を落とす。ユーコン川流域の先住民は近年、キングサーモンの深刻な不漁に直面している。原因は分からない。

 ユーコン川流域の先住民は、19世紀ごろから欧州の人々が毛皮の採取や入植のためにやって来るよりもはるか以前からサケを利用してきた。

 ユーコン川に生息するサケは主に4種類。上流域では、体が大きく脂が乗ったキングサーモンが多い。薫製にして保存、一面が深い雪に覆われる冬の貴重なタンパク源となり、カリブーの肉などと交換もする。

 キングサーモンが遡上する7~8月、スミスが住むホワイトホース近郊の集落ターンクワチャンでは、20年ほど前まで数十人が川に網を入れていた。だが、漁獲数は1990年代に減り始め、昨年までの3年間は85~95年の平均の半分以下に。

 ここ数年はユーコン川全域でキングサーモンの商業捕獲は禁止された。現在カナダでは先住民だけが捕獲を認められているが、回復の兆しは見えない。ターンクワチャンで食料用のサケ漁をするのは3年前からスミスだけになってしまった。

 ユーコン準州から米アラスカ州を経てベーリング海に注ぐユーコン川は、全長3000キロ以上。キングサーモンは孵化(ふか)した後、1~2年間を川で、約4年間を海で過ごし、再び産卵のため2カ月ほどかけて川をさかのぼる。サケがこれほど長い距離を移動する川は世界でも極めて珍しいという。

 スミスは「不漁は下流の連中が捕りすぎたためだ」と悔しそうに話す。

 対立する言い分

 ユーコン川下流域にあたるアラスカでのサケ乱獲は長年批判されてきた。ユーコン川では目立たなくなったが、他の川ではアラスカ先住民が規則違反の大きな網を使うケースは増加傾向にある。アラスカ州では昨年、こうした漁業規則違反で罰金刑を受けた先住民が過去最高の60人に上った。

 ただ、アラスカの先住民にも言い分がある。サケを生活の糧としてきたのはカナダと同じなのに、アラスカ州政府は不漁を理由に先住民による漁も一律に制限している。

 摘発されたアラスカ先住民の代理人の弁護士ジェームズ・デービスは「米国ではカナダほど先住民の権利が尊重されていない。白人が来る前から続けてきた暮らしを守ろうとしている彼らを、一律に処罰するのはおかしい」と訴える。

 キングサーモンが減った原因はほかにもあるとみられている。カナダ政府でサケの資源管理を担当する漁業海洋局ユーコン地域部長スティーブ・ゴッチ(37)によると、ベーリング海のスケトウダラの底引き網漁でキングサーモンが混獲されることや、海流など海洋環境の変化でキングサーモンの餌となる小魚や甲殻類が減ったことも影響している。

 ゴッチは「先住民のいらだちは理解できるが、原因を突き止めるには時間がかかる」と言う。

 業者から購入も

 ターンクワチャンの集落では、長老たちが先祖から伝わるサケの捕獲や処理の仕方を子供たちに教える毎年恒例のキャンプを開催中だった。川べりで子供たちの歓声が響く中、ドリーン・グレイディ(63)がさばいたサケを薫製にする。

 「この低木の葉でいぶすのが一番。2日間、じっくりとね」「2年間は常温保存できる。寒い冬にポテトと煮込むと最高よ」

 しかし、楽しそうに説明する彼女が手 にしているのは、目の前のユーコン川で捕れたキングサーモンではない。近年はキャンプで使うわずかな量でさえ確保するのが難しく、今年は別の川で業者が捕獲したサケを購入した。しかも、ターンクワチャンではそりを引く犬たちの餌にしていた別の種類のサケだ。

 そのことに話が及ぶと、グレイディは顔をゆがめて右手を胸に置いた。「ここが痛むの。母が祖母から、私が母から教わったことを子供たちに伝えてやれないなんて」(敬称略、共同/SANKEI EXPRESS

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