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「日本は貧乏が似合っている」立川談志が生前に繰り返していた言葉の真意

 ■談志の言葉の数々は予言だったのではないか

 今年の11月21日で、わが師匠談志がこの世を去って丸10年です。

 思えば、今から10年前の2011年は、談志、ビンラディン、カダフィ大佐、金正日と、独裁者4人が消えた年でありました(笑)。

 ま、冗談はともかく、私ことこの度不肖の弟子として、没後10年の晩秋に合わせて、『不器用なまま、踊りきれ。超訳 立川談志』(サンマーク出版)、『天才論 立川談志の凄み』(PHP新書)を出版させていただきました。

 前者は「過去の談志の発言集をデータベースに、もし談志がいまも健在だったら、こんなことを言っていたはずだ」という観点から談志の言葉を思い切り「超訳」してみました。

 後者は「前座修業クリアに他団体の3倍近く要しながらも、その後回復運転し、トータル14年で真打ちに昇進した自分のドキュメンタリーから浮かび上がってきた談志の天才性についての論考」です。

 2冊に共通するのは、「談志の言葉の数々は予言だったのではないか」という観点です。

 日本は、先進国で唯一給料の上がっていない国になりました。平均賃金では韓国に既に抜かれています。平成元年は世界4位だった国民1人当たりGDPは18年には26位まで転落し、アジアでも香港やシンガポールに大きく引き離されてもいます。

 「日本は貧乏が似合っている」。生前談志がサイン色紙に頻繁に記していた言葉ですが、まさに似合うという形に収まったという感じがします。

 ■「栄華を極めて国はほろびる」

 ここで談志の少年期を想像してみましょう。

 育ち盛りのあの忌まわしい戦争体験が後の談志の人生にも多大なる影響を及ぼすことにもなりました。今年で入門がちょうど30年になる私ですが、今振り返るとまだバブルの余波というか、景気の良さが残っている入門当初の時期に「日本は貧乏が似合っている」「あの頃は国中が貧乏だった」と、頻繁につぶやいていたものです。

 「日本は貧乏が似合っている」なんて、一見「みんなで貧乏になって廃れてしまえばいい」などという過激で厭世的な主張なのかと誤読されがちですが、決してそうではありません。これもよく言っていた「貧乏で国はほろびない。栄華を極めて国はほろびるんだ。ローマ帝国を見よ」というセリフを補助線に「超訳」すると、好景気で浮足立っている人たちに対する冷ややかな目線が光ってくる感じがします。

 「バブルが残したものは何か? 金持ちになって何をした? 海外へ女遊びに行ったぐらいだろ」とも落語会のマクラでも揶揄(やゆ)していました。「俺たちは戦後の焼け野原からあそこまで立ち直ったんだ」とキラキラしたまなざしで、悲惨な環境から復興してゆくこの国の底力を見届けた談志からしてみれば、裕福な場所からではなく「貧乏というマイナスなスタート地点から出発すべきだ」という現代人への叱咤(しった)激励にも聞こえてきませんでしょうか。「俺がお前にしてやれる親切は情けをかけないことだ。欲しけりゃ取りに来い」という言葉も前座の後半期によくいわれたものでした。

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