WRCマシンの技術を市販車に
前後駆動トルクは、車内のダイヤルで選べる。フロント60%、リア40%がデフォルトだが、積極的にコーナリングを楽しみたければ、挙動がドリフト気味に転じる「スポーツモード」にアジャストすればいい。駆動トルクが30%対70%とリア寄りになるからだ。さらに過激な「トラックモード」は、駆動トルクが前後同一の50%対50%になる。さすがにワインディングをハンドルに任せて攻め込む程度ではアンダーステアが強い。つまり、ラリーやジムカーナ、あるいはサーキットで限界域にトライするときに有効だ。コンマ1秒を競うようなアクロバティックな場面で生き生きとする。そう、GRヤリスはほとんど、登録ナンバーを得た競技車両なのである。
それもそのはずで、GRヤリスの開発スタイルは異質だ。トヨタがWRC世界ラリー選手権にヤリスを投入、世界チャンピオンを獲得してみせた。そのマシンのコンセプトと技術をGRヤリスに落とし込んだのである。
一般的に競技車は、市販車をベースに様々な改造を施すことで戦闘力を高める。だがGRヤリスは、まず競技車があり、それを公道に舞い降りたという点で異質なのだ。走りが激しいのは当たり前のことなのである。
そう、ヤリス攻勢はついにコンペティションの世界まで足を踏み込んだのである。市街地からサーキットまで、もはやどこにも隙がない。それでいて腰を抜かしかけるのは、1.6リッターターボ4WDに加え、1.5リッターNA+FFモデルもラインナップしたことである。姿形は過激でありながら、中身は走りの大人しいヤリスそのものだというのだから舌を巻く。あまりに広いヤリスの守備範囲に、ただただ呆然とするしかない。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。