AYA世代の日々 がんとともに生きる

(10)高3で白血病に 小林聖さん

 治療を進めるうちに染色体異常が見つかり、骨髄移植を検討することになりました。ただ、骨髄移植をすると付属大学の内部進学試験に間に合わない。友達と一緒に卒業したかった。でも、難しいタイプのがんだと判明し、治験に参加することや10月に兄から骨髄移植を受けることが決まり、休学になりました。

 ただ、通っていた私立高校の先生は親身になってくれました。翌年4月から復学しましたが、学校側は病院まで来て対応を学んでくれました。移植によって免疫力が落ちてしまい、ちょっとした病気が命取りになるのですが、クラスメートの理解もあり、同じ教室で授業を受けることができた。恵まれた環境でした。

家族が支えに

 222日間の入院中もその後も、家族がいつも通り接してくれたことがありがたかったです。話す場所が家から病院になっただけで家族のあり方は変わらない。ぼくの口癖の「負ける気がしない」って言葉を書いたTシャツを姉が作ってくれたこともありました。

 小児病棟の仲間との時間も支えでした。病室で間仕切りのカーテンを開けて話をしました。大学で何がしたいとか、みんなでディズニーランドに行きたいとか。退院後の未来を語るのが楽しかった。

 将来の夢も見つかりました。入院中に、中学の恩師からメッセージがきたんです。「貴重な青春が奪われた経験があるからこそ、高校生活の大切さを教えられる」と教師を勧められました。人に教えるのは好きだったし、「向いているなら」とこの言葉をきっかけに進路を決めました。

 今も治療は続いています。病院で出会った子たちには、亡くなってしまった子もいます。これまでの人生や、やりたいことを聞いていたから、余計に「本当はこんなことしたかったんだろうな」って気持ちがこみあげてくる。

 将来は高校教師になって、病気になった自分だからこそ伝えられる、命の尊さや学生生活の大切さを教えていきたいです。

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