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非正規、ブラック企業… 新鋭作家たちが「職場」描く理由

ニュースカテゴリ:暮らしの書評

非正規、ブラック企業… 新鋭作家たちが「職場」描く理由

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オフィスビルの日常をつづった松田青子さんの小説『スタッキング可能』をはじめ、職場を舞台にしたユニークな作品が相次いで発表されている  現代社会のひずみ 丹念に

 都会のオフィスビル、広大な工場、罵声が飛び交うブラック企業…。20~30代の新鋭作家たちが現代の職場を丹念に描き、話題を呼んでいる。新卒学生の就職難が深刻化し、非正規雇用の増加などで働き方の多様化も進む。社会のひずみが顕在化する職場で得た実感を、自由なスタイルでつづる。(海老沢類)

 「素直に『自分にはこう見えた』という感じで書いた。読者の方のどんな反応もすべてうれしい」。そう声を弾ませるのは、初の小説集『スタッキング可能』(河出書房新社)が第56回三島由紀夫賞候補に選ばれた松田青子(あおこ)さん(33)。単行本の帯には気鋭の作家の推薦文が並び、部数も5刷2万部に達した。

 表題作は、とあるオフィスビルの日常をフロア別に複数の視点で描く。登場人物はA山、B田、C村…と記号のように記され、フロアや部署が違っても時折似た言動を繰り返す。〈こんなにみんな同じだとは思わなかった〉。派遣社員のD山が心の中で漏らす、そんな言葉が印象的。同質化していく社員への違和感と「それでも人とは違う『個人』は絶対に存在する」(松田さん)という希望が、軽いおしゃべりのようなタッチで表現された一編だ。

 兵庫県姫路市生まれ。同志社大学卒業後に派遣社員やアルバイトで暮らした20代の記憶と、高校時代の2年間の米国留学体験が作品の底に流れる。「米国は、人種にしてもジェンダー(性差)にしても多様性を感じさせてくれた場所。複雑さや多様性を失った社会はどんどん先細る…そんな考えがいつもベースにある」

 松田さんと同じく三島賞候補となり、惜しくも次点となった小山田(おやまだ)浩子さん(29)の『工場』(新潮社)の表題作も、職場を丹念に描く。敷地内をバスが走る巨大な工場で働く従業員個々の仕事はこと細かく描かれるのに、全体として何をつくる工場なのかは一向に分からない。仕事が極度に細分化された社会で働く不条理が、改行の少ない独特な文章でつづられる。

 「『歯車』としてすら機能しているか心もとない。職場で感じた自分の不安が出た作品」と小山田さん。広島大学卒業後、編集プロダクションや眼鏡店など複数の職場を転々とした。そのうち派遣社員として1年弱働いた地元の自動車工場での体験が下敷きになっている。「外から見たら変だなと感じるはずの職場のコードに、何日もすると自分も同化してしまう。それは、おもしろくもあり恐怖でもある」

 総務省が2月に発表した労働力調査によると、役員以外の雇用者のうちアルバイトなどの非正規労働者の割合は35・2%で、3年連続で過去最高を更新した。松田さんらは年々重要性を増している非正規労働者としての視点を生かして現代社会のひずみを描く。ただ今日的な問題は雇用形態にとどまらない。デビュー作ながら4刷2万8千部を発行している、新庄耕さん(29)のすばる文学賞受賞作『狭小邸宅』(集英社)は、過酷なノルマに追われる不動産会社の社員が主人公。上司の罵声が響き、退職勧告は日常茶飯事…。職場のリアルな描写は、新卒学生の就職難を背景に社会問題化した「ブラック企業」を思い起こさせる。

 「仕事選びでやりがいや自分らしさが重視される以上、職業と個人の人格は切り離せない。職業小説の隆盛は『自分探しの場』として職場が機能している現れ」と指摘するのは文芸評論家の伊藤氏貴(うじたか)さん(44)だ。朝井リョウさん(24)の直木賞受賞作『何者』(新潮社)で描かれた学生の就職活動が題材として切実さを持つのもそのためだ、とみる。「現在は契約社員や派遣社員など働き方も多種多様。葛藤や悩みの幅が広がる分、小説もバラエティーに富んでいくはず」

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