■物流企業が中国EVに手を出さざるを得ない事情
日本の物流大手がEV化を急ぐのは、背に腹は代えられない事情がある。
現在、世界的に脱炭素化が進んでいるが、「ESG投資の拡大」が進んでいる。環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資を指す。企業は環境などに配慮する取り組みを行い、ESGスコアを上げなければ投資を呼び込めなくなるからだ。
加えて、TCFDと呼ばれる気候関連財務情報開示の動きも拡大しており、日本では6月にコーポレートガバナンス(企業統治)コードが改定。プライム市場に移行する企業はその開示を行う方向性が初めて盛り込まれるなど、企業は脱炭素化のプレッシャーにさらされている。CO2削減の観点では、サプライチェーンの上流も下流も不可欠で、「物流」という項目も入っている。つまり、物流企業は自社の企業価値の観点からも、クライアント側の要請という意味でも脱炭素転換は必要不可欠な取り組みとなっている。
前掲の報道によるとSBSグループは、ラストワンマイル輸送車両を全てEV化する狙いについて、政府が宣言した2050年カーボンニュートラルの実現を達成するには、現状のままで排出抑制策を講じても限界があり、車両を全てEV化すればよいとの結論に至ったと答えている。当然の回答だが、しかも、燃費よりも電費の方がよいという特徴があるため、実はランニングコストの面では価格優位性が出てくる。
そこで重要になるのが、いかにして初期投資のコストを削減できるかという点だ。日本の商用車EVはまだ高く、物流企業のコスト意識に照らすと選択肢になりづらい。一方で、物流企業は何かしらの方法で脱炭素転換を図らなければならない。そこで選択肢として浮上したのが、日本企業を「ファブレス企業」にし、OEMは中国企業にして新車両を導入する方法だった。
今回のSBSが導入するEVの販売額は1台380万円とガソリン車と同水準だ。コスト面は遜色ない。仕様についても、ラストワンマイル仕様として航続距離300キロメートルを確保できる機能を持つバッテリーを搭載し、普通免許で運転可能な車種としては最大積載量となる。高スペックだ。
こうなると物流企業とすれば、最終納品者が日本企業であれば問題ないのでは、と考えるようになっても致し方ない。コスト削減しつつEV化を進める現実的な最適解というわけだ。
■水平分業が進めば、日本の自動車産業は歯が立たない
安くて、高スペックなEVが手に入ってよかった、という話だけでは終わらない。日本の主要産業である自動車産業にとって極めて大きな問題を秘めているからだ。それは単に「中国製のEVが日本で走る」という問題ではない。より構造的な深い問題である。
それは、今回の事案が車製造の水平分業化を加速させる恐れがあるということだ。
日本の自動車産業は、他国のメーカーと同様に「垂直統合」というビジネスモデルだ。技術開発、生産、販売、サービス提供などの異なった業務を単一の企業(グループ)がすべて担う仕組みだ。
EV車両は、内燃機関を持つディーゼル車に比べて部品数が少ない。構造も単純化されるために、水平分業モデル(スマホのように開発と生産を分担するモデル)は出てくるだろうと言われてきた。実際、世界でもソニーがEVの受託生産を依頼したオーストリアのマグナ・シュタイヤー社をはじめ、そうした動きはある。台湾の鴻海もEVの水平分業化の中でチャンスをうかがっている企業の一つである。
自動車産業の水平分業が進めばどうなるのか。伝統的な自動車企業が行っている垂直統合モデルが崩壊し、水平分業で力をつけたOEM企業が出てくる。車のEV化はハード面だけの話ではないので、グーグルやアップル、中国の百度といったIT企業が自動車産業に参画することを許すことになる。
商用車ではあるが、中国EVの日本上陸が、日本の自動車産業の構造そのものを破壊しうる「蟻の一穴」になりかねないのはこのような理由がある。
■中国EVは“地獄の案内人”
テスラのEV車両がソフトウェアの面でも評価をされているように、これからは「コネクテッドカー」としての性能も問われるようになる。グーグルなど、優れたOS構築ノウハウをもつIT企業が、従来の自動車メーカーにはないバリューを発揮し、差別化した競争力のある車を出しても何ら不思議ではない。
機会をうかがっているのはアップル社も同じだろう。すでに報道されているように、アップル社が自動車分野に本格参入するのは既定路線とも考えられている。中国企業とOEM提携するかどうかは現時点では不明だが、元来、水平分業モデルを得意とするアップルにとっては、車の水平分業化は渡りに船である。
スマートフォンを作るように自動車をつくられては、日本の自動車産業としてはたまったものではない。ソフト面はすでにグーグルのOSを導入する方向で、日産もホンダも舵を切っているように差が明確であり、日本メーカーでは歯が立たないからだ。
水平分業モデルを許すことは、日本勢が長年維持してきた聖域の扉を開けることになる。国内市場に登場した中国EVは、日本勢のシェアを奪うだけでなく、ビジネスモデルの根本部分への脅威であると断言できるのだ。
IT企業が自動車産業に本格参入した場合、日本の自動車メーカーは苦戦を強いられることになるだろう。下請け企業として、受託生産をする側に回ってしまうことも想定される。この構図は、日本がデジタル産業において苦杯をなめたのと同じであると言ってもいい。