論風

劣化する国家と未来の担い手 「コロナ敗戦」機に新築を

 感染力、重症化率の高い新型コロナウイルス変異株の流行が起きつつある中、先進国の中でもワクチン接種の顕著な遅れ、相変わらずのコロナ病床の不足、そしてロックダウンからほど遠い、国民の自助努力依存型の緊急事態宣言を繰り返す光景が私たちの目の前で展開されている。濃厚接触者把握の切り札のはずだった「COCOA」に至っては、使い物にならないことを政府の側がしばらく気付かない始末。(経営共創基盤グループ会長・冨山和彦)

 ただ、考えてみると10年前にも同じようなシーンがたくさんあった。地震と津波に対して本当に機能したのは、被災者たちの規律ある行動、そして有事組織である自衛隊や米軍の活躍。原発事故の原因はつまるところ、いわばエリート官僚組織である東京電力の組織能力の劣化だし、緊急避難オペレーションの主役は民間の企業や地域住民の助け合いである。

 覚悟の欠如が根底に

 私たちは東北地方のバス事業者として震災と原発事故を経験し、さまざまな緊急オペレーションに体を張った。その時に自衛隊を除いて政府機関から助けてもらった記憶はさっぱりない。霞が関の何とか本部からくる指示はいつもトンチンカン。有事なのに平時の手続きでなんとか乗り切ろうとする。

 その最たるものが、避難輸送やその後の自宅待機期間において、こちらが何度要請しても道路運送法上の輸送命令を出さず、そのくせ「バス会社は動きが遅い」「もっとたくさんバスを出せ」とわめき立てる。われわれは独自の判断でリスクを取って100台のバスで出動し、20キロ圏内に取り残された1万人を超える住民の避難輸送を決行した。そこで一番困った燃料の確保も四方八方走り回って何とかした。

 結局、今回のコロナ病床不足問題も同根で、政府の側に強制力を行使する意思がない、そのリスクや反発を背負う覚悟がないことが大きいと思う。道路運送法の輸送命令のような、いわば強制徴用的に、民間企業の能力を消防庁や自衛隊のように使える法整備があっても、いざとなると「原発事故が緊急事態に該当するか分からない」「法律ができてからまだ使ったことがない」と言って逃げるわけだから。

 今回のコロナ禍は、国家としてのデジタル敗戦、バイオ敗戦、有事敗戦…を改めて顕在化させた。しかしこの敗戦は、今始まった話ではなく、長い間、じわじわ続いてきた劣化の延長線上。この30年間、世界が破壊的危機と破壊的イノベーションの時代に入り、それまでの仕組みの耐用期限が産官学の境なく過ぎてしまったのだ。

 優秀な若者も見切り

 組織の能力と構造の問題なので、今の当事者が頭を切り替えてもどうにもならない。建物でいえば「なんとか庁」創設みたいな増改築ではなく、根っこから国家の組織能力とカタチを新築する必要がある。

 その一方で、東大卒的なエリート学生があまり官庁に行かなくなり、ハイテクベンチャーを海外の仲間と創業するような学生が憧れの存在になりつつある。彼ら彼女らに劣化した日本の古くて大きい組織に帰属する選好はない。それで「今どきの若者には志がない」と嘆く、いかにも昭和な大人がいるが、あんな古色蒼然たる終身年功制でガチガチの組織に優秀な若者が集まらないのは当たり前。残業減らしたってこの傾向は変わらない。要は「やりがい搾取」に“NO”を突き付けているのだから。

 私自身もそうだったが、台湾のオードリー・タンIT担当政務委員(無任所相に相当)のように、若い時代に新しい産業やサービスでイノベーションを起こすことこそ、現代のパブリックスピリッツであり、それを持っている若者は優秀な人材ほどどんどん増えている印象を持つ。この感染症が未来の光となるとすれば、この破壊的な敗戦を機に、新しい世代、デジタルネイティヴ世代によって新しい国と会社とアカデミアが新築されることだと思う。

【プロフィル】冨山和彦 とやま・かずひこ 東京大学法学部卒業、スタンフォード大学経営学修士(MBA)修了。1985年ボストンコンサルティンググループ入社、産業再生機構代表取締役専務(COO)などを経て2007年経営共創基盤(IGPI)設立。日本共創プラットフォーム社長を兼務。パナソニック社外取締役。和歌山県出身。

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