2016.9.15 05:00
韓国側からの要請で日韓通貨スワップ再開協議が決まった。韓国は頼みとする中国のリスクの増大から、国際金融面で日本とのよりを戻したというわけだろうが、日本は韓国の対中従属関係をもはや容認するわけにはいかない。
特にその意を強くしたきっかけは、日韓合意の間もない9日の、北朝鮮による5回目の核実験である。国連による制裁にもかかわらず金正恩政権が核とミサイル開発に血道を上げられる背景には中国の習近平政権による実質的な「制裁破り」がある。北京が対北融和路線を撤回しない限り、金正恩は態度を改めそうにない。北が核弾頭を装備し、米本土まで届く長距離ミサイルを開発する情勢なのだから、米側の危機感はかつてなく高まっている。オバマ政権は弱腰かもしれないが、11月の大統領選の結果、政権がクリントン、トランプ候補のいずれになろうと、ワシントンは北の資金稼ぎに協力する中国の金融機関や企業を対象に制裁する公算が大きい。
そこで日韓とも米国と同調するのは当然だが、韓国がずるずると対中依存を続けるままでは、北京からいいかげんにあしらわれるだろう。
朴槿恵政権の対中すり寄り路線は経済面でみてももはや破綻同然だ。対中輸出は韓国国内総生産(GDP)の12%程度と大きいが、中国市場はスマートフォンを含め国産メーカーの台頭で韓国勢は押されている。それに何よりも、韓国が日本に通貨・金融で協調を求めざるを得ないのは、中国が支援する北朝鮮からの脅威増大がある。
海外からの対韓ポートフォリオ投資は同国GDPの4割を超える。北からの軍事攻勢が激しくなれば、外国の投資ファンドは一斉に逃げ出すだろう。そうなると、通貨ウォン、株式とも暴落し、1997、98年のアジア通貨危機の再来となる恐れがある。この脆弱(ぜいじゃく)さをよく知っている韓国の産業界は早くから通貨スワップの再開を日本側に求めていた。
日韓通貨スワップは2015年2月に期限が到来し、打ち切られた。スワップは金融危機時に双方の通貨を提供し合うのだが、対等のようでいて、日本側からの一方的な便宜供与となる。国際通貨円はドルにそのまま交換できるので韓国側にとっては通貨防衛のための武器となるが、日本側にとってローカル通貨ウォンはほとんど役に立たないはずだ。国内の反日ムードの中で、韓国政府は頭を下げてまで日本に延長を申し入れる気にはならなかったし、日本側も要請がない限り手を差し伸べるまでもない。
最近の日韓政府間合意にもかかわらず、朴政権は慰安婦像撤去にも応じない。島根県竹島の不法占拠を続け、日本人上陸を阻止する韓国に対し、韓国にとって虫のよいスワップに応じるべきではないとの反発が日本国内にある。だが、日本の国益に結びつく条件を確保する冷たい頭で応じることが財務官僚に求められる。
条件とは、まず韓国側が、公正で自由な外為相場の制度に改めることだ。韓国は市場操作により、ウォンの対ドル相場を安くしている、と米当局から強く批判されている。韓国側は否定するが、対ドルばかりでなくウォンの対円裁定相場を押し下げ、日本企業との競争条件を有利にしようとしてきたフシもある。
韓国はこの数年間、ドルを通じてウォンを人民元と連動させている。通貨の面でも対中従属しているわけだ。その中国とは通貨スワップ協定を結んでいるが、いざというときに北京を頼ったところで、資本逃避と暴落不安のある人民元の供給をあてにできるかどうか、不安が残るはずだ。そんなウォンの危機阻止のために、日本が円を提供するのは、百歩譲っても世論が納得できるはずはない。
政治的には前述したように、日韓とも米国の新政権と組んで、北京に対峙(たいじ)することが最優先される。日韓スワップはその枠組みの中でも位置付けるべきだ。
以上のような戦略思考は安易な「金融協調」しか考えない財務官僚には無理かもしれない。安倍晋三首相と麻生太郎財務相はしっかりと官僚レベルの協議プロセスをチェックすべきだ。(産経新聞特別記者 田村秀男)