“草食系知事”が突然キレた!? 京都vs福井…LNGパイプラインルート論争

2015.10.13 07:00

 液化天然ガス(LNG)のパイプラインのルート選定をめぐり、京都府と福井県が「綱引き」を始めている。LNGは平成23年の東日本大震災後の原発停止で需要が高まり、輸入量が増加。国も対策に本腰を入れているが、関西では太平洋側と日本海側を結ぶパイプラインが未整備のままだからだ。

 25年から具体的な検討を始めた福井県に対抗して、京都府は今年9月に米・アラスカ州とエネルギー資源に関する協力の覚書を締結。受け入れ基地として舞鶴港を拠点とする方針を打ち出し、猛追を始めた。

 受け入れ基地の設置は、地元にとっては新たな企業立地や雇用など、多大な経済効果が見込めるビッグプロジェクト。パイプラインのルート選定は今後の関西のエネルギー戦略にも影響しかねないだけに、両県の駆け引きに注目が集まりそうだ。

 1枚の地図にキレた

 「この図には問題がありますよ!」

 5月、京都市内で開かれた近畿ブロック知事会議。パイプライン構想の早期策定を求めた福井県が示した1枚の地図に、京都府の山田啓二知事が強い口調でかみついた。

 官僚出身で全国知事会会長でもある山田知事は温厚なタイプで知られ、声を荒らげることも少ない。同じ首長で比較すると、例えば舌鋒鋭く「敵」を攻撃する橋下徹大阪市長を“肉食系”だとすれば、理性的で落ち着きのある“草食系”といえる。

 会議などでも調整役や議長役を担うことが多い。ある京都府議は「国を相手にするときは『物言う知事』を意識しているようだが、基本的には相手をたて、波風をたてることはしない」と話す。

 そんな山田知事が突然、キレたのだ。

 地図に描かれていたのは、日本海側のパイプラインが敦賀港(福井県敦賀市)を経由して滋賀県彦根市を結ぶコース。福井県が「整備の必要なLNGのライン」として国に提案しようとしていたものだ。

 山田知事はこう苦言を呈した。「勘弁してほしい。一本しか道がないと、そこに決めたことになってしまう」

 京都府は舞鶴港を経由するコースを望んでいることから、山田知事としては、福井県が提示した地図を認めることができなかったのだろう。他の知事からの仲裁もあって結局、この地図を添付せずに国に提出された。

 福井県の担当者は「地図はあくまでも参考として提示しただけ。あそこまで反応があるとは…」と苦笑する。

 京都府幹部の一人は「山田知事があれほど他の自治体を厳しく牽制するのは珍しい」。担当者は「敦賀港に決まったかのように示されると、こちらとしても今後やりづらくなる」と山田知事の心情をおもんぱかった。

 災害対策にも効果

 北陸地方から関西に向けてのルート選定といえば、北陸新幹線の敦賀から大阪への延伸ルートの論争が有名だ。

 与党の検討委員会が、「小浜」「米原」「湖西」の3ルートに加え、JR西日本が内部で検討している「小浜-京都」ルートも候補として議論している。経済効果にも大きく影響があるだけに各地とも譲らないが、福井県は小浜ルートが米原ルートより3千円ほど安くなるとの試算をまとめるなど、主導権を握ろうと必死だ。

 LNGのパイプラインも同様だ。エネルギーが安定供給できれば、企業進出に期待が持てることから自治体にとって注目度は高い。

 現在、日本と国外を直接結ぶパイプラインはなく、LNGは船舶によるオーストラリアやロシアなどからの輸入に頼っている。日本では、港付近に輸入したLNGを貯蔵、再ガス化するLNG基地を設置。そこからパイプラインをひいて各地に供給されている。

 財務省貿易統計によると、平成26年のLNG輸入額は過去最高の7兆8500億円で、東日本大震災前の22年と比較すると2倍以上に膨らんだ。震災後、国内の原発が稼働を停止。火力発電を増やさなければ電気が足りなくなり、LNGなどの燃料の輸入が急増した。

 震災では、LNGが注目されるようになったもう一つの出来事もあった。

 LNG基地の一つだった仙台市ガス局が津波被害にあったが、日本海側の新潟市とパイプラインがつながっていたため、ガス供給の早期再開が実現した。

 もしパイプラインがつながっていなければ、仙台市ガス局の施設が復旧するまで、ガス供給は長期間止まったままだったと想定される。ライフラインの復旧はさらに遅れただろう。

 この出来事によって、パイプラインがつながっていればエネルギー供給の手段を確保できるということになり、パイプライン設営は災害対策としても注目される形となった。

 国も積極関与へ

 ただ、実は日本のLNG政策はこれまで、国の統一見解がなかったという。

 このため、LNG基地やパイプラインの整備では、事業者の利便性が高い太平洋側に集中。日本海側の基地は新潟市などに散見されるのみだった。特に関西では、太平洋側と日本海側を結ぶパイプラインがないことから、震災後、早期整備の必要性がたびたび議論にのぼるようになった。

 国は震災後、初めて策定したエネルギー基本計画の中に、「太平洋側と日本海側の輸送路、天然ガスパイプラインの整備などに向けて、今後、検討を進めていく」と明記。積極的に関与する方針を固めた。

 福井リードも京都猛追?

 新たなLNG基地をどこにつくるのか。京都府と福井県の対決は今のところ、福井県が一歩リードしているようにみえる。

 福井県は2年前の平成25年2月、有識者などを委員として県LNGインフラ整備研究会を立ち上げ、議論をスタートさせた。敦賀港を拠点港とすることや、国内では初めてとなる「フローティング基地」(浮体式基地)の導入を検討するなど具体的な研究を進めている。

 福井県の担当者は「日本海側は世界有数のLNG産出国であるロシアと正対しており、基地として最適だ」として敦賀の優位性を主張する。

 一方、遅れをとっていた京都府も負けてはいない。

 今年9月、米・アラスカ州とエネルギー資源に関する協力の覚書を締結。西日本のLNG基地として、舞鶴港を拠点とする方針を内外に打ち出した。昨年9月に経済産業省がアラスカ州と交わした供給に向けた覚書を受けた形だが、都道府県レベルでは初めての締結となった。

 アラスカ州はLNG産地としてはロシアを除いて日本に最も近く、輸送コストが比較的かからない。しかも途中にホルムズ海峡やパナマ運河のような「危険海域」がないため、安全安定の輸送が可能だという。

 京都府の担当者は「事業化するのは民間だが、その民間につなげていくことも行政の仕事だ」と意義を強調する。

 さらに、北近畿エリアで一体化した対応をしようと、隣接する兵庫県とともに「北近畿エネルギーセキュリティ・インフラ整備研究会」を立ち上げ、協力を求めることにした。

 研究会では、LNGなどのパイプライン整備のあり方を議論。舞鶴港をLNGの拠点とし、パイプラインが整備されている兵庫県三田市まで新たなパイプラインを新設する案を検討し、兵庫県や大阪ガスなどの事業者と共同で、実現に向けた方策を話し合うことになった。

 山田知事は「東日本大震災のとき、仙台でいち早く灯がともったのは新潟とパイプラインがつながっていたため。万が一に備えて、われわれは前向きに進んでいかなければならない」と意気込んでいる。

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