■環境政党「緑の党」が沈黙を続ける謎
ところが、である。今回のCOP26では、トゥンベリ氏は会場の外のデモには参加したが、会議の公式ゲストではなかった。そして、彼女の今回のCOP26に対する評価は手厳しく、「COP26には何の成果もない」「会合では、政治家や権力者が私たちの未来を真剣に考えるふりや気候変動で困っている人を心配するふりをしているだけ」「本当のリーダーシップは私たちにある」「搾取をやめろ、無意味なことをああだこうだ言うのはやめろ」等々。
かつてトランプ前大統領に「科学に耳を傾けよ」と警告した彼女(当時16歳)のこと、辛辣(しんらつ)な口調は相変わらずだが、しかし、この前まではそれを褒めそやしていた緑の党は、今回は私の知る限りトゥンベリ氏の言動には触れていない。何が変わったのか?
変わったことはいくつかある。ドイツは今、9月26日の総選挙で勝利した社民党(SPD)が次期政権樹立のため、緑の党と自民党を交えての連立協議の真っ最中だ。つまり、もし、この協議がまとまれば、緑の党は与党となる。
脱原発を押し通し、石炭火力発電所は2038年ではなく、すぐにでも止めろとか、すでに完成しているロシアのガスの海底輸送パイプラインの運開も中止しろなどと主張してきた緑の党だが、与党になって施政を担うとなると話は別だろう。
■現実的なエネルギー政策への転換を迫られている
折しも、現在、エネルギーの高騰で、すでにガソリン代や暖房の燃料費が天井知らずになっており、各電力会社も電気代の値上げを告知し始めた。ガス不足が原因だとしてプーチン大統領に罪を着せようとしているのが緑の党だが、真の原因は、原発を減らし、石炭火力を減らし、しかし、それを再エネで代替できず、エネルギー供給のバランスが崩れ始めていることだ。ドイツ政府は長い間、周辺国との連係線があるから安全供給は保証されていると主張してきたが、今やその理論が崩れかけている。
しかも、問題は値上げだけでなく、今年末で原発6基のうちの3基を止めれば、深刻な電力不足が起こるかもしれないことだ。最悪の場合は停電で、ドイツのような産業国にとっては由々しき事態だ。つまり、緑の党も、あるいはやはり脱原発と脱石炭を主張してきた社民党も、与党になった途端に停電など引き起こさないためには、現実的なエネルギー政策に転換しなければいけなくなった。
そして、実は、その現実的なエネルギー政策を前々から主張し、環境NGOに叩かれていたのが自民党だ。つまり、次期政権の政策では、自民党の主張が有力になってくるのではないかという予測が、協議内容は極秘にされているといえども、染み出してくるのである。
■「飼い犬に手を噛まれるかもしれない」ジレンマ
そうなると、緑の党にとってまずいのは、これまでスクラムを組んできた環境グループの存在だ。彼らの過激さは、はっきり言って穏和な日本人には想像できない。小泉進次郎前環境相が前回のCOPから帰ってきた途端、実現不可能と思われるような脱炭素政策に舵を切り替えたのも、おそらくCOPで激しい攻撃に晒(さら)され、大恥をかかされたのに懲りてしまったこともあるのではないか。日本の大企業は時たまそういう攻撃に晒されることもあるが、政治家は慣れていない。
ちなみに日本メディアが好んで取り上げる「化石賞」は、ドイツでは一度も聞いたこともない。これは、オブザーバーとしてCOPに出席しているNGOがフロアでやっている悪ふざけで、本気にすることはないのだが、ウブな小泉氏には大いなるショックを与えてしまったようだ。
いずれにせよ、緑の党にとっての最大の問題は、連立が固まり、共同施政方針が発表された時、そのエネルギー政策が、これまで地球環境のためという大義名分で主張してきた内容と違いすぎると、信用が地に落ちることだ。今でもすでに、「全国のアウトバーンの制限速度を130kmにする」という公約を死守できないらしいということで、非難に晒されているくらいだ。つまり、緑の党は現在、飼い犬に手を噛まれるかもしれないという大いなるジレンマに陥っていると予想される。
しかし、さまざまな環境グループと手を組んで「気候危機説」を盛り上げたのは緑の党だけではない。多くの勢力が利用価値があると思って育てた子供たちが、今や力を持ち過ぎてしまった。人類滅亡に怯え、被害妄想にとらわれた彼らにブレーキをかけるのは至難の技だろう。
■産業先進国であるはずが…
なお、やはり気候危機を煽り続けてきたドイツの主要メディアは、まだ今後の方針を決めかねているように感じる。COP26の「成果文書採択」については、中国とインドの反対によって文書の内容が薄められたことについての憤りや落胆を表す書き方が多かった。また、プーチン大統領は悪者で、バイデン大統領は希望の星というのも今なお変わっていない。
ただ、彼らの喫緊の悩みは、新政権がこれまでのエネルギー政策を、自民党の意見に沿って転換した場合、それを支持したものか、叩いたものかというところだろう。独メディアは自民党が嫌いだ。ただ、それに固執して停電になるのは、もちろん困る。
それにしても、産業先進国ドイツが、なぜ、ここまで不完全なエネルギー政策を放置しておいたのか。責められるべきは16年も続いたメルケル政権のはずだが、それがなぜか一切論じられないのがドイツの不思議である。
川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。
(作家 川口 マーン 惠美)(PRESIDENT Online)