■上司の目を盗みながら株式投資をする人も
多額の資金を必要とする不動産投資と異なり、株式投資は比較的少額でできるのが魅力で、200万から300万ウォン(20万円弱から30万円弱)の金額で始める人が多い。
若者の間の株式投資熱は20年に入ってさまざまな形で話題になった。証券会社における新規口座開設では、20代と30代による開設が半分以上を占めるようになった。書店には株式投資に関する書籍が平積みにされ、大学やインターネットでの投資サークルへの参加者が増えた。出社後も、上司の目を盗みながらネットで株式投資する人も出てきた。彼らの多くは第4次産業革命や再生エネルギー、バイオ関連の米国銘柄に関心をもち、そのなかでもテスラやアップル、ファイザーなどが人気の対象である。
では、なぜこれほどまでに若者による株式投資が増えたのだろうか。ネット証券の増加や超低金利、コロナ禍での在宅時間の増加、20年初からの株高などが思い浮かぶが、これは日本でも同じである。韓国にはこれら以外に固有の事情がある。若者の就職難と前述した住宅価格の高騰である。
■会社員にも公務員にもなれず5人に1人が失業
韓国では2000年代に入って以降、若者の就職難や格差の拡大、少子化の加速などが社会問題になった。若者の就職難は97年の通貨危機後、大企業が大学新卒者の採用数を減らしたことが影響している。この背景には、コアとなる分野では即戦力になる専門人材の中途採用(国籍を問わず)を増やす一方、それ以外の分野では非正規職を多く採用するようになったこと、グローバル化を進めて国内よりも海外での事業を拡大したことにある。
また、大学進学率の上昇に伴い大学生が増加し、大企業志向が強まったことも影響している。日本と異なり、韓国では大企業に続く中堅・中小企業の層が薄い。学生たちは給与・福利厚生面で大企業に見劣りし、社会的評価も低い中堅・中小企業への就職を忌避する傾向が強い。
大企業への就職の門が狭くなったため、公務員試験に殺到する。競争率は極めて高く、こちらも狭き門である。この結果、就職・試験浪人として留年して予備校に通ったり、大学院に進学する者が増えた。アルバイトをして生活する人も多い。
20~29歳の失業率は2000年の7.5%から20年に9.0%へ上昇した。これはあくまでも統計上の数字で、就職活動をしない非労働力を勘案すると、実質は20%程度とみられる。若者の就職難は非婚化や少子化の要因になっている。合計特殊出生率は2000年に1.47であったが、20年には過去最低の0.84になった。少子化の加速により、労働人口(15歳から64歳までの人口)が20年に減少に転じるとともに、急ピッチで高齢化が進んでいる。
■文政権に裏切られた「七放世代」の最後の手段
こうした状況下、韓国では10年代に入り、若者の置かれた状況を表す言葉として、恋愛、結婚、出産を放棄した「三放世代」が登場した。それが10年代半ばになると、人間関係、マイホーム、夢、就職までも放棄した「七放世代」となった。
17年5月、「ろうそく革命」の流れに乗って、文在寅大統領が誕生した。若者たちは新大統領に公正の実現と雇用の創出を期待したが、●(=恵の心を日に)国(チョ・グク)法相をめぐる一連の不正事件で公正の実現は裏切られ、雇用の創出も進まなかった。
文政権が所得主導型成長をめざして、最低賃金を18年に16.4%、19年に10.9%と大幅に引き上げたほか、公共部門を中心に非正規職の正規職への転換を進めた。しかし、最低賃金の大幅引き上げによって、小売・飲食業界では従業員を減らす動きが広がり、非正規職やアルバイトとして働いていた若者の働く機会を奪った。また、非正規職の正規職への転換は新規の採用を減らす動きにつながった。若者の生活困窮に追い打ちをかけたのが新型コロナウイルスの感染拡大であった。
韓国では大学を卒業すればある程度安定した仕事に就き、マイホームをもてる時代は過ぎ去った。ベンチャー企業家としてあるいは芸能・スポーツ界で成功することを除けば、若者がマイホームをもち、親の世代と同レベルの暮らしを実現させる手段としては、株式投資が数少ない反撃手段となる。韓国の若者の株式投資熱の背景には、このような事情がある。
■困窮する若者は次期大統領に誰を選ぶのか
最後に、今後注目すべき韓国の若者の動きが二つある。
一つは、株式投資での行動である。株式投資熱が今後も続くかは不明であるが、政府ならびに中央銀行が家計債務の抑制に本腰を入れ始めたため、その影響が出てくることが予想される。
韓国銀行は8月に続き、11月の金融政策決定会合でも利上げしていく見通しである。政府も8月から金融機関に対して融資の総量規制を要請した。このほか、世界的なインフレ圧力の増大や米国のテーパリング開始、景気回復のスローダウンなど、株式市場にとってはマイナス材料が存在する。
こうした状況下、20年に30%以上上昇した韓国の総合株価指数は今年8月以降調整局面に入っている。今後の株価の動向いかんでは、投資を始めたばかりの若者のなかに、損失を被るものが出てくるだろう。
もう一つは、次期大統領選挙での投票行動である。韓国では22年3月に大統領選挙が予定されている。韓国では大統領の任期は5年で、再選が禁止されている。若者の行動がしばしば政治を大きく動かしてきたため、将来を諦観し株式市場に翻弄される最近の若者が選挙に向けてどういう行動をとるのか、また選挙での投票行動が注目される。次期大統領が誰になるかは日韓関係にも影響するため、この点からも今後の動きに注目したい。
向山 英彦(むこうやま・ひでひこ)
日本総合研究所調査部 上席主任研究員
1957年生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士、証券系経済研究所を経て、94年より日総研に勤務。専門は、韓国を中心にしたアジア経済。著書に『東アジア経済統合への途』(日本評論社)など。
(日本総合研究所調査部 上席主任研究員 向山 英彦)(PRESIDENT Online)