論風

「秘密特許制度」の論点 経済安保の実効性見極めを

 東京大学未来ビジョン研究センター教授・渡部俊也

 最近、技術情報の国外流出を防ぐ「秘密特許」を制度化すべきとする主張が散見される。特許出願すると原則1年6カ月後には公開される。諸外国では軍事転用可能な技術の特許出願は審査を行い公開制限を行う秘密特許制度があるが、日本には該当する制度がないため、自動的に公開されることで機微技術の流出が懸念されるとの指摘である。実際に日本とメキシコ以外の20カ国・地域(G20)加盟国は秘密特許制度に相当する制度を有している。

 技術の進歩を遅らせる

 しかし、特許制度のみが公開の手段ではないので、技術全般の公開管理を行おうとしても、無数に公開される民間の技術情報すべてを政府が検閲のごとき審査を行うことは現実に不可能であるし、安全保障管理上の実効性もない。そもそも安全保障輸出管理制度において、技術を公開する取引は規制対象外となっている。特定の相手に対する技術の開示に比べて、技術公開の規制を緩やかにしていることには理由があるものと思われる。秘密にしている情報を特定の第三者に提供する行為と、広く公開する行為を比較すれば、前者で特定の安保懸念国に対してなされる場合は、経済安全保障上のバランスを大きく崩すことにつながりかねないが、後者の場合は、安保友好国や特定の懸念国を含めて平等に公開されることになり、その意味合いは大きく異なる。そもそも懸念国で同等の技術情報を保有していれば、その技術情報をむやみに秘匿しても意味はない。

 さらに、特許制度などで公開を促しているのは、公開がイノベーションに結び付くことに極めて大きな効果があるからであり、技術の不要な秘匿は、むしろ安全保障上の観点でも技術の進歩を遅らせることから望ましくない。

 もちろん、完成度の高い機微技術の開発を目的とした研究開発においては公開にあたって十分その影響を検討して判断すべきことに異論はない。その点、機微技術管理の視点から研究開発区分に応じた成果の公開のあり方について検討を行う必要がある。その際、研究開発成果の公表を制限された者が不利益を受けることがないような仕組みとして、秘密特許制度を設け、補償金を支払うという方法はあり得る。本来機微性の高い技術分野の研究開発を行っている組織が、特許出願ができないと判断する場合に、モチベーションを失うという問題を救済する制度として秘密特許制度をとらえるのである。

 官民協力しての検討必要

 そもそも特許制度は公開代償としての権利付与が行われるものであり、特許というインセンティブがなければ営業秘密として秘匿されるはずの技術の「公開を促す」ために設けられた制度である。その観点からは、少なくとも安全保障上公開が望ましくないと考えられる技術に関して、「公開を促す」という機能が作用することは望ましくない。このようなケースに限って特許制度の持つインセンティブ作用を制限する目的で秘密特許制度を導入することには合理性がある。広く一般の公開制限を意図する制度ではなく、特定の条件において公開代償としてのインセンティブを削減することを法目的として、審査を遅延させ(または営業秘密に先願権を与え)、この措置によって生じる不利益を補償する制度を設ける。ただし、このような特許登録延期制度を設けた場合、どのようなケースで登録延期されるのかについては出願者にとって予見可能性があることが必要である。運用上は、防衛関連技術分野や防衛関連産業の出願人に限るなど明確な区分を示すことが必要である。

 昨今の地政学的環境変化に伴い、政府と民間が連携した経済安全保障への取り組みを余儀なくされている。かといって実効性のない、過大なコストを必要とする制度をむやみに導入することは望ましくない。あくまで目的を明確化して、実効性があり、ユーザーにとって予見可能性のある制度を官民協力して検討すべきである。

【プロフィル】渡部俊也

 わたなべ・としや 1992年東工大博士課程修了(工学博士)。民間企業を経て96年東京大学先端科学技術研究センター客員教授、99年同教授、2012年12月から現職。工学系研究科技術経営戦略学専攻教授兼担。東京都出身。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus