近年、新疆ウイグル自治区では多くの少数民族が「職業技能教育訓練センター」に収容されている。中国政府の発表によれば、2014~19年に、年平均延べ128万8000人が「職業訓練」を受けたという。収容者の「強制労働」によって生産された製品は、国際市場に流通しており、どの企業ももはやこの問題と無縁ではいられなくなっている。(アジア経済研究所・熊倉潤)
新疆問題に関して、さまざまな懸念、批判、非難、そして中国側の反論の声がある。ここではそのうちの一つ、「職業訓練」の問題について整理を試みたい。
名目は「貧困解消」
冒頭で示したように、近年、新疆各地に「職業技能教育訓練センター」なる施設が設置されている。これは日本などでは「再教育施設」と言われることが多い。施設には、多くの少数民族市民が「職業訓練」の名目で収容されており、収容者は「職業訓練」だけでなく、中国語、中国の歴史・文化などの再教育を通じて改造を受ける。その際、習近平主席の言い方に倣えば、「中華民族共同体意識を心の奥底に植え付け」られることになる。収容者数は100万人ともそれ以上とも言われ、長らく根拠に乏しかったが、20年9月に中国国務院(内閣)から発表された「新疆の労働就業保障」白書によれば、全新疆の年平均訓練労働者数は延べ128万8000人とされており、収容者の延べ人数を示したものとして注目された。
もちろん中国側の説明では、「職業技能教育訓練センター」はあくまで「職業訓練」を目的とするもので、それ以外ではない。「職業訓練」を通じた貧困層の就業促進により、貧困の解消を実現するという論理で、施設の存在が正当化されている。そこには、これまで中国が取り組んできた「テロ対策」との関連がある。中国では、少数民族の貧困が「テロ」の温床となっているという考えが根強くあり、貧困層の経済的底上げによって、「テロ」を根絶し、社会の安定を実現するという論理が働いている。
しかしこの理屈は、世界で通用するものではない。西側諸国は人権侵害への懸念を強め、「職業訓練」とそれに伴う「強制労働」の問題にいっそう関心を向けるようになった。「職業訓練」を終えた少数民族の人々は、中国各地の工場などに移送され、そこで生産された製品は国際市場に流通する。また、世界の生産量の20%を占める「新疆綿」は、毎年秋に新疆の少数民族を動員して摘み取られている。これらの労働、動員が強制性を伴うことが、米・豪の研究者らによって「発見」された。
西側は「強制労働」
20年3月、オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)が調査報告書「売られるウイグル人 新疆を越えた再教育、強制労働、監視」を発表し、グローバル企業の多くが少数民族の「強制労働」から利益を得ていることを明らかにした。サプライチェーン(供給網)関連のリスク認識が高まり、スウェーデンのヘネス・アンド・マウリッツ(H&M)などの有名企業が中国の製糸業者と関係を断絶するといった動きに出た。
中国政府は、「強制労働」は事実無根の捏造(ねつぞう)であって、人々は「自発的」に就業したと主張している。しかし「自発」の定義に関して、彼我の差はあまりに大きい。中国では「自発」であっても、西側民主国では、さまざまな監視、脅迫による「自発」は通常「自発」と考えられない。
この1月、米国政府は新疆で生産された綿製品などの輸入禁止措置を全面的に拡大した。英国政府も関連製品をサプライチェーンから除外するための規制強化を進めている。「強制労働」との関連が疑われうる製品を扱うことは、重大な倫理違反になりかねない様相を呈している。どの企業も「知らなかった」では済まされない状況に置かれつつあり、世界経済に深い影を落としている。
【プロフィル】熊倉潤 くまくら・じゅん 東京大学大学院法学政治学研究科を修了後、台湾政治大学客員助研究員を経てアジア経済研究所研究員。著書に『民族自決と民族団結:ソ連と中国の民族エリート』(東京大学出版会)など。