英国が1日、日本など11カ国が参加する環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への加盟を申請した。実現すれば、発足時のメンバー国以外で初めてとなる。
「英の参加でTPPの飛躍を」(4日付日経)など、社説は各紙ともおおむね歓迎一色で、2日付産経は「英国が加われば、TPPの経済圏は環太平洋地域を超えた広がりを持つ」「高度な自由化や先進的な共通ルールを世界の標準にしていくことにも資する」と高く評価した。(産経新聞客員論説委員・五十嵐徹)
英国にも、欧州連合(EU)から完全離脱後の新たな成長の道を求める狙いがあった。いわば相思相愛の形だが、縁組の成功には日本が果たす役割が大きい。
日本は米国抜きのTPPをまとめ、EU、英国とも、それぞれ経済連携協定(EPA)を締結してきた。その実績を自由貿易圏の拡大に生かす国際的な責任を日本は改めて自覚すべきだ。
一方で、英国の参加による経済効果には冷ややかな見方もある。世界の国内総生産(GDP)に占めるTPP加盟国の比率は13%から16%に高まる程度だからだ。中国などが参加する地域的な包括的経済連携(RCEP)に比べれば、なお小規模な経済圏にすぎない。英国にとっても、EUは貿易額の半分近くを占めるが、TPP加盟国は1割にも満たない。
だが「それでも英国がTPPを選んだのは、自由主義の価値観を共有する地域との連携を強め、中国を牽制(けんせい)しながらアジアの成長を取り込もうと考えたためだ」(3日付毎日)。「TPPの趣旨に賛同し、保護主義に対抗する仲間が増える意味は大きい」(4日付日経)。
ジョンソン英首相は政府声明で「TPPへの参加申請は、世界的な自由貿易の熱烈な王者になるというわれわれの野心を表している」と述べた。TPPにとっても拡大の試金石となるのは間違いない。
対中念頭「例外なし」
ただし、英国を受け入れるに当たっては注意すべき点もある。ここにきて中国もTPP加盟に関心を表明しているからだ。
TPPには、国有企業の優遇禁止など、中国には受け入れがたい規定がある。TPPの高い自由化水準からはほど遠い中国が、どこまで本気に検討するつもりなのか判然としない。米国に先駆けて参加することで内側から基準を緩め、事実上TPPを骨抜きにする狙いもあるのではないか。疑念は消えない。
英国の加入を、加盟国拡大の呼び水としていくことは大切だが、「対英交渉で、基準を緩める前例を作ると、中国加盟に例外を設ける口実とされかねない」(2日付産経)。
英政府はEU離脱を経て、世界で経済や外交の影響力拡大を目指す「グローバルブリテン構想」を掲げている。貿易以外でもアジア太平洋地域との連携拡大に力を入れていく考えだ。
意外に思われそうだが、英国はもともとヨーロッパへの帰属意識は乏しい。EUの前身である欧州共同体(EC)への参加も1973年と遅かった。加盟後も統合の深化を目指すフランスなど原加盟国とは一線を画し、国境管理も独自の方針を貫いてきた。今回のEU離脱も、ある意味では想定内の出来事だった。今年の議長国を務める先進7カ国(G7)のサミットにはインドと韓国、オーストラリアの3カ国を招いている。外交でもこの地域への関与を強めたい考えのようだ。
香港などでの人権問題をめぐっても、英国は中国への対抗姿勢を鮮明にしている。海洋進出を強める中国に対抗するため、最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を中心とする英空母打撃群を年内に西太平洋を中心に派遣する計画だ。
新政権の優先課題に
英政府は、中国の脅威をにらんだ日米とオーストラリア、インドの4カ国で構成される枠組み「クアッド」への参加も検討するという。
英国には、中国を念頭に「自由で開かれたインド太平洋」を目指すバイデン米政権と足並みをそろえる狙いがある。英国の貿易額のうち米国は16.2%(2019年)を占める。TPP加盟国の2倍以上だ。米国との自由貿易協定(FTA)締結を早期に実現する上でもTPPへの参加表明は必要だった。
コロナ禍の収束傾向がはっきりしてくれば、バイデン政権は通商政策の再構築に着手するだろう。その際、成長が有望視されるTPPへの復帰は、優先度の高い政策課題になるはずだ。米国が加われば、TPPは規模拡大はもちろん、貿易協定としての安定性も高まる。
「英国が加わったTPPは、そのための強力な枠組みとなろう。政府は、粘り強く米国に復帰を働きかけねばならない」(2日付読売社説)。