新型コロナウイルスの感染拡大は、首都圏1都3県を対象にした緊急事態宣言の再発令を余儀なくさせ、菅義偉首相に感染防止と経済活動の両立がいかに難しいかを突き付けた。政府は昨年6月に感染症や医療の専門家らで構成する専門家会議の廃止を決め、7月に経済学者らを加えた新型コロナ対策分科会を立ち上げたが、皮肉にも感染は拡大するばかり。「科学」との向き合い方が今、改めて問われている。(坂井広志)
「8割おじさんです」
6日に行われた厚生労働省に助言する専門家組織の会合で、そう語ったのは京都大の西浦博教授(理論疫学)。昨年4~5月の宣言時に近い厳しい対策を講じても、東京の1日当たりの新規感染者数が100人以下に減るまで約2カ月が必要との試算を示した。政府にとって耳が痛かったに違いない。
その西浦氏は昨年春の宣言時、専門家会議にオブザーバーとして出席し、人と人との接触を8割削減する必要性を主張した。8割削減という目標は国民に受け入れられないと判断した政府は「最低7割、極力8割」と目標を弱めて国民に提示。これに対し西浦氏はツイッターに「7割は政治側が勝手に言っていること」と投稿し、政治と科学の距離を印象付けた。
政府が専門家会議を廃止したのは、会議設置の法的根拠がなかったことに加え、専門家会議が、結果的に感染症対策の主導権を握ったことに、危うさを感じたことが大きい。その象徴が「8割」をめぐる問題だった。
政府は同会議の解散を決め、一部のメンバーは残し、経済学者らを加え、法的な位置づけを明確にした上で分科会として再スタートした。だが、感染が拡大し、医療崩壊の危機が叫ばれる中、経済の専門家の声は小さくなっていった。感染症の専門家が主導権を握ることになった分科会と政府の間には、観光支援事業「Go To トラベル」の扱いをめぐっても溝が生じ、結局政府は一時停止を強いられた。
首相とそろって7日の記者会見に臨んだ分科会の尾身茂会長は「1カ月で感染を下火にしたい」と首相に気を使ってみせたが、5日の記者会見では、ステージ4(感染爆発)からステージ3(感染急増)に引き下げるのは「1カ月未満では至難の業」と語っている。
分科会メンバーでもある経済学者の小林慶一郎・東京財団政策研究所研究主幹は宣言の再発令が諮られた7日の基本的対処方針等諮問委員会後、記者団に「感染者が減らないと経済にも長期的にダメージを与える」と語るしかなかった。
政策決定の仕組みを変えても、結局宣言発令という同じ結果を招いた今回の事態。制御困難な新型コロナと対峙(たいじ)するには、科学の知見に真摯(しんし)に向き合わなければならない現実がそこにはある。