「タイムスリップできるとしたら、どの時代に行ってみたい?」。中国でラジオ番組を制作していたとき、こんなテーマでリスナーとやり取りしたことがある。いろいろ答えはあったが、今でも強く印象に残っているのが「雍正帝(ようせいてい)の時代。彼が本当にあれだけ働いていたのか、見てみたい」。(ノンフィクション作家・青樹明子)
雍正帝が歴代皇帝のなかで、最も勤勉だったというのは中国では有名らしい。在位13年間で、休暇は年に1度、自身の誕生日だけで、あとは寝る間も惜しんで仕事をしたという。
雍正帝の1日は朝4時の起床に始まり、そのまま夜12時までひたすら仕事をした。つまり1日20時間働き、自らの筆による文献は1年に100万字以上、13年間で25万本もの政治論文を書き残している。働き盛りの56歳で亡くなっているが、過労死と考えてもおかしくない。雍正帝が川辺を散策する絵画が複数残されていても、実際に行く時間はなく、憧れの風景として描かれたのだそうだ。
雍正帝だけではない。中国で皇帝業をするのは、実に疲れる。
皇帝第1号は秦の始皇帝である。暴君・暴政というイメージが強いが『史記』によると実に勤勉な為政者だったようだ。毎日処理した政治案件は膨大な量になり、自らの手による文書は1日で30万字に上る。これは現代の受験生も、及ばない量だという。始皇帝は、1日のノルマが達成できないと、眠ることもしなかったそうだ。
明朝初代皇帝・朱元璋(しゅ・げんしょう)は死に至るその日まで、1日たりとも休むことはなかったという。彼の場合、周囲の部下たちを信頼しなかったため、全てを自分で処理しなければ安心できなかった。1日に200件以上の政治課題を処理し、夢の中でも仕事を続けていたと伝えられる。
皇帝業はこんなに疲れるものなのに、歴史上多くの英雄たちが、皇帝を目指した。
翻って現代。日本人の若者は一流企業への就職を望むが、中国人は違う。最終的には起業したいとのことだ。
自分の会社を持つことは、自分の帝国を築くことに通じる。歴代皇帝のように、それは命を削るかのごとく過酷な作業である。
「僕は996どころか、9127で働いている」と述べたのは、アリババの創業者・馬雲氏である。996とは、朝9時から夜9時まで週6日勤務を指し、9127とは朝9時から夜12時まで週7日勤務という意味である。
電子商取引(EC)大手・京東集団(JDドットコム)の最高経営責任者(CEO)、劉強東氏は、起業した当時「8116+8」で働いたという。朝8時から夜11時まで週6日働き、プラス日曜日にも8時間働いたのだそうだ。
皇帝も社長も、富と権力を得られるかもしれないが、日々は実に過酷で、いつライバルから蹴落とされるか分からない不安もある。だが人はこの想いを捨てきれない。
「それでもやっぱり皇帝になりたい」