テレビ好きの両親のもと、物心つくかつかないかのうちから、テレビドラマを見ていた。それは中国に行っても同じである。言葉もろくにできない頃から、中国ドラマを懸命に見続けてきた。(ノンフィクション作家・青樹明子)
この習慣は帰国後も変わらない。一日の終わり、スナック菓子を片手に、中国ドラマを見る時間は、まさに至福の時である。
しかし、この幸福な時間は時として予告なく中断されることがある。中国ではテレビドラマにも規制がかかるからだ。しかもそれは突然やってくる。
抗日ドラマの規制については日本でもしばしば報じられている。抗日ドラマだけではない。中国では時代劇や刑事ドラマにも規制がかかる。
理由はさまざまだが、刑事ドラマの規制理由はまさに中国的である。犯罪を扱うということは、社会の裏面を描き出すわけで、暴力・殺人・裏社会などが題材となる。同時に捜査手段など警察の手の内を明かすことにもなりかねない。
そんなこんなで、刑事ものには一定の規制がかかっているなか、中国社会でブームを巻き起こしているのがミステリーである。小説はもちろん、テレビ・映画でも今や欠かせないジャンルとなった。
なかでも突出しているのが、日本の作家・東野圭吾作品である。人気作家ランキングでも、東野氏は外国人作家部門で、2017~19年連続で1位だった。神作家・村上春樹氏を抑えての首位というのはすごいことだ。映像化もされていて、『容疑者Xの献身』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は、中国人スタッフとキャストにより、中国を舞台とした完全なリメーク作品となった。
東野作品はなぜこれほど愛されているのだろう。それは、単なる謎解きではなく「人」が描かれているからだという。行間からにじみ出る「人情」、その温かさと冷たさが魅力なのだそうだ。
「東野作品は単なる謎解きではない。等身大の人間にアプローチしていて、作品の裏側には、人の心の温かさと冷酷なものとがある。それが全ての読者を感動させるのだ」
「『白夜行』で描かれた悲劇は、主人公の育った家庭環境に不幸の根がある。『容疑者Xの献身』では『愛』が殺人の理由だった。東野作品には、人の世の『無力さ』と同時に『救い』がある。それが大きな魅力だ」
かつて、高倉健さん主演の映画『君よ憤怒の河を渉れ』は、10億人が見たという歴史に残る大ヒットとなった。人々は背後にある「主人公の生き様」「等身大の日本人」に共感を覚え、社会現象化につながった。
謎解きの面白さと、垣間見られる人間模様。東野作品は中国人にとり、この2つを満足させてくれる稀有(けう)なツールである。
東野圭吾ブームに、文化力を再確認する思いがした。