社説で経済を読む

携帯料金下げ、デジタル化推進につなげよ

 産経新聞客員論説委員・五十嵐徹

 経済学者の竹中平蔵氏は、9月16日に正式発足した菅義偉新政権について、成功のカギは「アーリー・スモール・サクセス」にあると提言している。

 意訳すれば「小さくとも早い段階で成功事例を出すこと」とでも言うのだろうか。竹中氏は、それによって政権が目指す改革実行の追い風となり、政権基盤の安定にもつながると指摘している。

 具体例として竹中氏は、自身が総務相を務めた小泉純一郎政権での経験を披露。政権の初期段階で、政府がハンセン病訴訟で過ちを認めたことなどが、その後の郵政民営化を後押ししたと述べている。

 菅首相が公約に掲げる「携帯電話料金の値下げ」「不妊治療の無料化」などには、大衆受けはするものの、政権として大きくは何を目指すのか、理念のようなものが見えてこないとする厳しい声も聞かれる。

 朝日新聞は9月17日付社説で次のように述べている。

 「気がかりなのは、(自民党)総裁選の論戦から、菅氏が思い描く経済社会の将来ビジョンが明確に伝わってこなかったことだ。菅氏は『自助、共助、公助。そして絆』と繰り返したが、その3つのあるべきバランスをどう考え、それを実現するために何が必要なのかは語られなかった」

 同日付の読売新聞社説も「その方針は妥当だが、まず改革の全体像と手順、具体策を示すことが不可欠だ」と指摘している。

 4割値下げの余地も

 日本の携帯電話料金は世界的に見ても高すぎるというのは、菅首相の長年の主張だ。官房長官時代の2年前には「料金は4割値下げする余地がある」と具体的な数字を挙げて、大幅引き下げに意欲を示していた。

 料金高止まりの一因は寡占にある。日本ではNTTドコモなど大手3社が約9割のシェアを握っている。格安スマートフォンに乗り換えをしやすい市場環境の整備が欠かせない。

 昨年秋には電気通信事業法が改正され、端末代と通信料のセット割引が原則禁止になった。通信料を割高に設定し、端末の値引きにあてることを防ぐためだ。また、利用する携帯会社を乗り換えやすいよう、途中解約の違約金にも上限が定められた。楽天による新規参入も認可されたが、それでも、携帯電話料金は思うように下がっていない。

 総務省の調査では、この10年で1世帯あたりの携帯電話料金の負担は3割近く増えている。動画の視聴などで使用する通信量が増えているのが大きな要因だが、家計負担は重くなるばかりだ。

 竹中氏は、家計支出に占める携帯電話料金は4~5%に達していると指摘し、ここを引き下げることは「消費税を半減するようなもの。相当大きな効果がある」と述べている。産経新聞も9月26日付主張(社説)で「通信料金が下がれば家計の負担が軽減され、個人消費の活性化も期待できる」と首相の公約を評価した。

 だが、これについても朝日は9月25日付社説で「品質と価格のバランスや、インフラ投資と技術開発における官民の役割分担をどうするかも、考慮に入れなければならない」と指摘する。改革が進みつつある中で「現時点でさらなる『値下げ』に過度に焦点をあて、具体的な水準まで政治家が口にすることには、疑問が残る」と批判的だ。

 菅首相は官房長官時代、大手が値下げをしない場合、各社が払う電波利用料を引き上げる意向も示している。ただし、これについては、逆にコスト増になり、料金を下げにくくなるとの指摘もある。

 海外勢に遅れる5G

 アベノミクスの継承を掲げる菅首相としては、携帯電話料金の値下げをきっかけに、これまで「3本の矢」で力不足が指摘されていた成長戦略や構造改革推進の切り札としてデジタル化を加速する思惑もありそうだ。

 デジタル庁の創設もその一環だろう。当面は官民のデジタル化を進める手段としてマイナンバーカードの普及を図る方針だが、デジタル化推進は行政の効率化にもつながる。「役所の縦割り、既得権益、あしき先例主義を排して、規制改革を進める」と強調する首相の思いにもかなっている。

 サービスが始まった第5世代(5G)移動通信システムでは、中国を含む海外勢に大きく後れを取っている。携帯電話料金の引き下げは、現状に甘んじる日本の通信事業者に活を入れる狙いもある。実現は容易ではなかろうが、掛け声だけに終わらせてはなるまい。

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