西部ガスの元社長で相談役の田中優次(たなか・ゆうじ)氏が5日、肺炎のため死去した。享年72。豪放磊落(らいらく)な性格で知られる一方で、長く経理畑を歩んだだけあって、繊細さも持ち合わせていた。私生活では愛するジャズやワインのことになると話が何時間でも続いた。人生を楽しむ趣味人でもあった。その人柄は社内外問わず周囲を魅了し、人脈は幅広かった。
「その件は田中さんも世話をしている。聞いてみるといいよ」。取材先でこう耳打ちされるのは一度や二度ではなかった。
相談役となってからも、田中氏と顔を合わせる機会は多々あった。声をかけると、決まって「俺はもう『何にも相談されない役』だからな。(記事にできる話は)何もないぞ」とかわされた。第一線を退いた経営者の常套(じょうとう)句には何度も泣かされた。
ただ、訃報に触れた今、相好を崩した田中氏のあの言葉をもう聞けないかと思うと、強い喪失感に襲われる。
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田中氏は、西部ガスに新風を吹き込んだ。
「一見、ばくちと思えるようなアイデアなんだが、あの人は不思議とうまくまとめてしまうんだ」
田中氏に直接仕えた経験を持つある西部ガス幹部は、こう振り返る。
その言葉通り、田中氏は前例なき「いばらの道」を数多く歩み、成功に導いてきた。
その1つに、多角化路線の端緒となった地場の高級中華料理店「八仙閣」の買収がある。
きっかけは平成16年秋、取締役経理部長だった田中氏のもとに、銀行から持ち込まれた提案だった。田中氏はガス会社が提供する価値に「食」を加えた際の波及効果を見抜いた。当時、田中氏は周囲に「料理には炎だ。中華料理といえばガスの強火だ」と語ったという。
八仙閣買収は、即席めん製造・販売のマルタイや、水産物卸の福岡中央魚市場の子会社化など「食」を軸とした多角化の原点となった。また、八仙閣本店をリニューアルした複合施設「テラソ」は、ショールームや料理教室なども併設した西部ガスの「顔」だ。