北方四島付近で操業中の日本漁船がロシア当局に連行、拿捕(だほ)されたりする事態が相次いでいる。ロシアの関係機関に協力金を払っている「安全操業」中の漁船も対象となり、高額な賠償金を支払って解放されるケースも。日本固有の領土である北方四島だが、先の大戦後からソ連・ロシアの不法占拠が続き、周辺は今も緊張の海域と化している。ロシア側の強硬姿勢には、漁業資源の管理強化や領土問題での牽制(けんせい)があるとみられ、関係者は憂慮している。
「皆さんに心配やご迷惑をかけてすみませんでした」。昨年12月24日、ロシア当局に拿捕された後に解放され、北海道根室市の花咲港に戻った根室漁協所属の男性船長は報道陣にこう話し、頭を下げた。
船長らが乗った漁船5隻は同17日、北方領土の歯舞(はぼまい)群島付近でタコ漁をしている際にロシア当局に拿捕され、国後島に留め置かれた。ロシアの裁判所は漁獲量に関する規則違反を認定、罰金約640万ルーブル(約1100万円)の支払いを命じる判決を言い渡した。
安全操業中の枠組みで漁をしていた漁船が連行されたのは初めてだったといい、船長らは罰金を全額納付し解放された。
加えて、今年1月15日には根室市の歯舞漁協所属のタラ漁船「第68翔洋丸」がロシアが主張する排他的経済水域(EEZ)でロシア当局の臨検を受け、国後島の古釜布(ふるかまっぷ)(ロシア名・ユジノクリーリスク)に連行される事態も発生した。
ロシア当局は、船内から操業日誌に記載されていない漁獲物が見つかり「日露の漁業協定違反を確認した」などと主張。歯舞漁協は、禁止されているカレイの船上加工を当局に指摘されたと説明したという。
一連の事態を受けて、北海道は漁業関係者に操業ルールを改めて周知した。
日露間には北方領土問題で平和条約が締結されておらず、国境を定める両国の協議はできていない。根室東端の納沙布(のさっぷ)岬から歯舞群島の貝殻島までは4キロにも満たない。
北方四島と北海道東方との中間ラインは、単にロシア側が主張する「国境線」にすぎないが、海上保安庁の巡視船などは、その「いわゆる暗黙のライン」(海保関係者)を挟んで、ロシアの警備艇との対峙(たいじ)を強いられている。
加えて、この海域は世界有数の水産資源の宝庫とされる。このため、これまでにも北方領土に近づく日本漁船がソ連やロシアの警備艇に拿捕されるケースは相次いでいた。
高出力のエンジンを並べて短時間で暗黙のラインをまたいで漁をして戻る「特攻船」とよばれる漁船のほか、日本側の情報などを提供する見返りにソ連当局などから漁を許される「レポ船」も存在していたとされる。
ソ連・ロシアは、こうした“密漁”に強硬な態度で臨んできた。拿捕は平成元年~10年で66隻に上り、こうした状況を受けて、10年には日露で「北方四島周辺水域における日本漁船の操業枠組み協定」が締結された。
北海道と北方領土の中間に引いたラインの北方領土側で、日本漁船がロシア側に資源保護の協力金を払い安全に操業できる仕組み。日露双方の「立場と見解」を害さないという原則があり、日本側は臨検や拿捕を認めない立場をとっている。
だが、違法・違反操業名目で日本漁船が拿捕されるケースはその後も相次いでいる。18年には、貝殻島付近で操業していたカニかご漁船「第31吉進丸」がロシア警備艇に銃撃・拿捕され乗組員1人が死亡する事件も起きた。
加えて最近、ロシア側は日本漁船への臨検を急増させている。日露外交筋はこうした強硬姿勢について「4島の主権を曖昧にする可能性がある安全操業を警戒しており、(安全操業の)制度を有名無実化しようという意図があるのでは」との見方を示した。