1月1日に日米デジタル貿易協定が発効した。同時に発効した日米貿易協定が関税をめぐる両国のせめぎ合いで注目されたのとは対照的に、デジタル貿易協定は日米が足並みをそろえて、この分野の新たなルールをまとめた。電子データのやり取りには関税をかけず、国境を越えた自由なデータ移動を認めることなどが柱だ。
同じような取り決めは、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)などにもある。世界貿易機関(WTO)にも80以上の有志国・地域によるルール作りの場があり、6月のWTO閣僚会議までに実質的な進捗(しんちょく)を得られるよう協議を進めている。(産経新聞論説副委員長・長谷川秀行)
電子データは「21世紀の石油」といわれる。膨大な情報をビッグデータとして活用し、経済成長につなげたいと思うのはどの国も同じだろう。
ところが、これを他国に使わせないよう国家が厳しく管理する国がある。その筆頭が中国である。自国内で得たデータは、外国企業のものであっても国外に持ち出させない。いわゆるデジタル保護主義だ。
日米協定などにはこれを牽制(けんせい)する意義がある。ルールを世界に広げ、国際標準にする必要があるとの問題意識は日米欧が共有する。その点をまず認識しておきたい。
中国のデジタル保護主義とはどんなものか。例えば海外工場の工程管理や従業員の勤務状況などのデータを日本の本社に送って管理する。あるいは海外拠点の営業データを日本で分析する。中国はこれらをサイバーセキュリティー法で制限する。
ほかにもサーバー設備の国内設置を求めたり、ソフトの設計図とされるソースコードの開示を要求したりしようとする。昨年10月に成立した暗号法は、中国が国家規格として認めた暗号を使うよう外資にも求めるものだ。中国政府には企業の順守状況を検査する権限もある。
規制に対応せざるを得ない外国企業のコストやリスクは大きい。ただでさえ中国は極端な監視社会だ。中国政府がデータの中身を盗み見たり、暗号をかけた企業秘密や技術を不当に入手したりするのではないかと企業が警戒するのは当然である。
やっかいなのは規制の中身があいまいなことだ。法律の細則をみても、具体的な規制対象などがはっきりせず、恣意(しい)的に規制を強める運用面の懸念は拭えない。
見過ごせないのは、これらが覇権を追求する中国の国家戦略と結びつくことだ。デジタル分野は中国が世界の先頭に立てる潜在性を持つ。優位に立てば軍事的にも大きい。だから宝の山のデータを自国内で囲い込もうとするのだろう。
これにどう歯止めをかけるのか。WTOには有効な手立てがなかった。だからこそ中国も参加する有志国会合で実効性のあるルールを構築しなければならない。
TPPや欧米との通商協定でルール作りに取り組んだ日本の役割は大きい。日本は有志国会合の共同議長も務める。大阪で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)に際し、安倍晋三首相がルール作りの「大阪トラック」の創設を宣言したのもWTOを後押しする狙いがあった。
では、どんなルールを目指すべきなのか。現在、十数カ国が案を提示しているようだ。日本案は(1)データの越境移動を妨げる措置の禁止(2)自国内へのサーバー設置要求の禁止(3)ソースコードの開示強制の禁止(4)特定暗号の強制使用の禁止-が柱だ。すべて中国が念頭にあるとみていい。
日米欧は、個人情報の保護をどこまで徹底するかで違いはあっても、データ流通の自由を認めるという基本は一致する。
中国は反発するだろう。どの国も反対しない電子商取引の通関手続き円滑化などでお茶を濁そうとするかもしれない。
警戒すべきは、新興国の間で中国に同調する動きが広がることだ。有志国会合のメンバーではないが、中国と似た制度も持つベトナムのような国もある。国際交渉の場で、中国が自らを途上国代表と位置付けて連帯を促すのはよくあることだ。
だが、中国型の保護主義が世界に蔓延(まんえん)すれば、デジタル経済の健全な発展は望めまい。そうならないよう日米欧は連携を強めなくてはならない。